カウントダウト
★世田谷2-1-番外編の続き
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ドラマ、ホイッスルの収録が終った。

と、言っても自分の出番はとっくに上がっていたから

久しぶりに会うスタッフの面々と再会を果たす以外の目的はそうも無かったが


ここ4日の睡眠時間は全部足しても7時間には満たず…

夕べの5時に他局の収録を終え、

ワゴンの中で叩き起こされたまま、着の身着のままで整えて

何とか乾杯前に間に合った打ち上げ会場。



「お久しぶりです。」

「ひさしぶりー」

助監にAD…

わらわらとすれ違って行く見知ったメンツの間をぬって

人ごみの中に

その姿は在った。


他の若手がなるたけ若手同士の輪の中で団欒しようとひしめく中

1人ベテラン俳優人の中で堂々ホストするその姿は

相変わらずだと、思った…

この舞台の大台を期に、今やすっかり2世の壁を破った桐原竜也の人気は

番組終了を待たずに

もはや押しも押されもせぬ物になっていた。



一つ手前のテーブルに付いてグラスを取りながら

タイミングを伺う。

最後に会ったのは半年前の世田谷物語以来…

つまり、あの濡れ場シーンであいつが逃げ出した理由は聞けないまま

半年が立っていた。

同じ番組で見かけた事は何度か会ったが、お互い話す時間も取れずに

果たしてあいつが自分を覚えているのかどうかも定かじゃ無く

…グラスの中身は強い炭酸だったが

それさえ味わう暇も無く喉を焼いて行くだけだった。


もっと早くにあっさり聞いておけば良かった。

最も、あいつが本当の事を答えるとは思えなかったが

それが嫌で、それも嫌で…結局今日まで

こだわっていた訳じゃ無い

ただコレは、聞かずに終らしてしまったと言う後悔に近いのだろう。


聞けたら聞きいて見るか…夕べ沸いたそんな気持ちは長いロビーに足を踏み入れた途端

何時の間にか、グラスを持った手の中が汗ばむ程の緊張に変わっていた。

彼との濡れ場は大きく分けて4回。

あいつが逃げ出したのは2回目の本番収録の事だった。



「本当に気分が悪かっただけかもしれないッスよ?…」

「だから何で悪くなったんだっつーの」

「別に先輩のせいじゃ無いかもしれないじゃないすか」


何て誰かに聞いた所で埒が空く訳も無く

(藤代だったからと言う理由を抜いても)

フォーローされればされる程落ちて行くだけ

結局これは自分自身の問題で

この半年、全く気にして無い時もあれば、時折思い出しては

くどくどと1人、判りもしない理由を求めたり

そんなのはもう、さっさと終らせるに限っていた。


「何でそんな気になりますかね?…雑誌の人気投票何か先輩、桐原より上なんスよ?」
「あーでも何で、俺が先輩より下なんスかね〜、やっぱりコレは当てになんないのかなぁ…」

「・・・・。」

多分、そんな事じゃないのだ…

これはもっと、個人的な…

何万人に指示されようと、桐原竜也が俺を認めなければ

認める?

…とか認めないとか、それはちょっと言い過ぎか…

要するに俺は人として当然、あいつに嫌われたく無い

だけ…で

そんな事をごちゃごちゃと考えていた瞬間

カラになったグラスの向こうに

今まで見えていた桐原竜也の姿が消えたのに気付いたのだった…


まずい…


チャンスを失ったら

また聞けずに終る恐れがあった。


前のテーブルには、それまであいつと話していた大御所と助監督の姿。

辺りを見回すが、姿は見えない。

幾ら人ごみとは言え、しかもこんな短時間にそんなに遠くへ行けるだろうか…

あいつが何時も懇意に話して居るのは誰だったか?

ほんの一時関わったに過ぎない自分は…

結局何も知らないのと、同じだった…


だとしたら

…そこまで追っかけた所で、あいつは

自分の事等、恐らく何とも思って無いのではなかろうか…?

嫌いでも

何でも

せいぜいそこには、「あいつとの濡れ場には耐え切れなかった」

と言う個人的な趣向が交ざるだけだ…


自分の気さえすむのなら

あいつとこれからも上手くやって行くには

そんな事はさっさと忘れてしまうのが、一番賢明じゃないのか…?

流れ込んで来る不安と、

もしかしたらもう帰ってしまったんじゃ無いかと言う焦り…

人ごみの中辿っていた視界に彼のマネージャーの姿を見つけて

カラになったグラスをそこへ置いた時、


後ろからつんと背中の服を引っ張られたのだった…



正直言えば

そんな予感がしなかった訳でも無いが



やはりそれは、桐原だった。


「…久しぶり」

「よぉ…」


ふっと笑う柔らかい笑顔は半年前と変わっていない。


「どうしてた?」

「あー、まあ色々と、時々一緒だったな…声かけらんなかったけど」

「ああ、俺ゲストだったから、あれっきりだったけど」

「忙しそうじゃないすか?」

「お互い様」


言いながら、オードブルのチェリーだけをひょいとつまんで

口に入れる。

…撮影現場のあの頃と何一つ変わらない、たおやかな態度の彼に

ほっとする反面

何気ない顔をしながら自分の鼓動が上がって行くのが判った。

ちらりと隣を垣間見れば

前を見据える長い睫毛が目に付いて、慌てて視線を戻す。


あんな役以来、

しかも逃げられて以来…

自分は平気だったのに、こいつだけが…と自分を悩ました劣等、

それと同時に、感心する程気付いてしまったこいつの綺麗。

カリスマカリスマ言っても、所詮男には男でしか無いし…

同性にならともかく、グルーピーに何やかんや言われた所で嬉しくは…と

思いきや、共演の同性に違和感すら抱かせないその中性がどれだけ難しいか

身を持って知ったのだった。

綺麗って言うのは、女っぽいとか、少女めいてるとか言う訳じゃないんだな…と

知っては居たけど、本当には知らなかったのだと、あの時、思い知ったのだ。




さて、どうするか…

物凄く普通な桐原を見てるともうどうでも良くなったり…する前に…

思いながら2杯目のシャンパンに口付けた所で

何時の間にかこちらをじっと見ていた奴に始めて気付く、

「…?」

気付いて振り向いた俺にも奴は動じなかった。

じっと見つめ、だが何も言わず、そして次の瞬間

反らされた視線に明らかに交ざっていた

苦みを、俺は、見逃す事は出来なかった。


つーっと冷たくなって行く背中。


「…どうかした?」

語尾は震えていなかっただろうか…真っ黒になりそうな目の前を振り切って

彼を覗き込む…が、


「いや…この前の」
「気にしてないと、いいなと思って…」


大きく予想に反した彼は

苦笑しながらそう言ってもう一度自分を振り向いたのだった。


「この前って、遁走事件?」

「遁走って…、ああ、まあそう…だね」

ちゃかしながらそう言った自分にどれだけ余裕が残されていただろうか…

照れた様に目蓋を伏せる彼を、頭一個下に見ながら


俺は「嫌だった?」

女相手にする様にできるだけ軽く聞いたが、


「いや…まさか」

くすっと笑ったきりそれ以上奴が答える事は無かった。

と言うより

「あれ先輩に…よー桐原!」

とわざわざ2人の間に顔を出した藤代に遮られたと行った方が正しく。


ぐんと離されたその身体を思わず真顔で追った瞬間

顔を上げた奴とパチリと目があったのが、最後だった。






結局、お預けか…

いや次はもう永久に来ないのかもしれないが


あまりの出演者の多さに、結局どこでどう進行しているのかはおざなりのまま

「三上君!」と何所からかやってきたマネージャーに腕を引っ張られ

結局前の晩から一睡もしないまま次の仕事へと突っ込まれたのだった。






「スケジュールどうなってんすか、」と眠気からごねる自分に

迷う事無く「んー?ダブル(ブッキング)ぎりぎりかな〜」と返って来る答えに

逆らう気さえ失せて。




次に目が覚めたのは何処かの控え室だった。




ーーーー!


浮上した意識の端に聞こえるマネージャーの声、

あ、やべ仕事…

まさか寝不足ごときで医者が呼ばれて…、ワイドショーにでもでたりしたら

俳優失格…(いや俺は…アイドルだったか?)

だが、余りの眠気に目蓋があかない。

まるで精神力だけで覚醒している様な物で、疲労困憊をとっくに超えた身体は指一つ動いちゃくれなかった。


「…・・ですか?…」

「…から…」


「じゃあ…ねがいします…・・ません」

「はい」


誰かの会話、

そしてパタン、パタンと幾度か戸の閉まる音、

空気の流れ…

と、同時にふと自分の隣に腰を降ろした人の気配

どのくらいそうしていたのか

静まり返った部屋の中、たまに聞こえる布ズレ以外

再び襲って来る睡魔に意識を沈めようとしたその時

「ったくあのマネも、むちゃするから…」

ふっと頭の上で小さく、だが確かに響いた声に

聞き覚えを感じて、

重い目蓋を開きかけた途端

上から多い被さった何か…


それが手の平だったと知ったのは少し後からで、

目蓋の上を塞がれて

そのまま暫く続いた暗闇の後

すっと降りて来た風と一緒にコロンの匂いが鼻を掠った…

と同時に、唇に軽くふれた温もりが、離れて行った。



ぼんやりと開けた視界の中

きいと音を立てて開いたドアからでて行く茶パツの…

その後ろ姿が、

確かに閉じる前の目蓋に映っていた。





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役者話…。妙な所は後で手直ししておきます…すいません、


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