++ブラザー2++
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思いもよらない衝撃が場の空気を止める。亮の両手が今開いた竜也のシャツの端を握りしめたまま、止まっていた。
ぞっとしたような顔色で立ち尽くす竜也の手が微かに震えてから、その手を振り払う様にばっと開けられた胸の前を鷲掴むと、青ざめた強い視線を亮へと向けたのだった。
「何でも…無い。」
「…あいつら?」独り言の様に呟かれたそれに、違うと軽く首を振る。
そして見つめ返す視線が虚勢を張り詰めて行く。
笑みを浮かべようと歪ました唇は微かに震えていて、
それが彼の受けた恐怖を物語っている様だった。
それを黙って見受けていた亮が行き当たった言葉を言いかけて、そして飲み込む。
『虐め?』『…リンチ?』
誰が?
出来たばかりの生々しい血跡が点々と肌に散っていて。
所々に、丸く溶けたてべた付いた皮膚の上に灰が付着しているものもあった。
「たっちゃん大丈夫?具合悪いんじゃ無いの!?」
突然後ろからかかった真理子の声に心臓が飛び出しかける。瞬間止まっていた時の流れが融かれた様に。
一瞬、びくりとした竜也が亮に目線をくれる前に、既に彼は息を潜めていた。
そして、再び絡ませた視線で「早く行かせろ。」と告げる。
引き戸を引かれれば鍵がかかっている事がばれてしまう。
「大丈夫。飲み過ぎただけだから。」「そう?、お水とバケツ持って来くる?」
「いい、寝たいだけだから。」
「そう、じゃあ…」
「お休み。」張り上げた声で、もう行っていいからと言外に伝える。
「お休み、一応台所にお薬用意しとくからね。」
「分かった。」
「もう、しょうがないわね。」と溜め息まじりの声が遠ざかって、台所へ向かった足音が階段を登って行ったのを確認してから。
再び視線を合わす…前に、竜也の体は床へと崩れ落ちていた。
洗濯機の白い肌を背にずるずると床に座り込む竜也。…本人さえ自覚が無かったのか、腰が抜けていた事に気付いて居なかったのだ。ぎょっとした亮がとっさに腕を差し伸べたが、
「誰にも…言うなよ。」
ぼそっと呟かれた声に竜也の両腕に伸びていた手が寸前の所で止まる。
震えない様に噛み締めた唇意外、俯いた顔の下を見る事は出来なかった。
「出て行け。」
亮の顔を見ずにただそう言った。
それを足下に見下げながらそれ以上何も言わず、だが去る事もせず、
彼は少し考えてから「じゃあ、見ていい?」
とだけ告げたのだった。
弾かれた様に顔を上げれば、驚く自分を、無表情な亮が真面目な顔で見降ろしていた。
1階に誰も居なくなった事を確認しながら、細心の注意を払って戸を開ける。暗い廊下。その先に続く玄関も居間も同じ様に静まり返っていた。
背中で寝息をたてる奴を、やっぱりカワイイ等とは到底思えず。しかも…寝た子は更に、重ぇんだよ。
心の中で悪態をつきながらも結局2度も往復して、竜也と竜也の荷物を部屋へ運び込んだのだった。
もう背中からぽいっと剥がしたカッコそのままで、仰向けにベットに寝かせたまま、自分もベットの端に座って息を着く。
既に汗びっしょりの額で、時折眉を寄せる寝顔を暫く眺めていた。
何があったのか、竜也は一言も言わなかった。引いても押しても言わず、結局、いらいらのピークに立った亮が
「ま、俺には関係ね〜けど?飯のネタにはなると思ったのに」残念。なんて口走ったお陰で、再び竜也は貝になってしまったのだった。
我ながら、何て粗末な…と思いつつ。
つーか、マジ関係ないし。関係ない。
だがその言葉が既に後悔に近い言い訳に過ぎない事は判っていて。
「・・・別におめぇー何か庇う気はねーけどよ。」寝顔に向かって一つ呟く。
ムカツクヤローだぜ。
…けど、仕方が無かった。
気になるものは仕方が無かった。
紛れも無く、彼の中にあったのは。男の影。差し入れた指がすんなり中に入る程、それはまだ放たれてから新しい物だった。
コレが行きづりの一過性の物なのか、これから始まったものなのか、それだけは知りたいと思った。
飯のネタ。酒の魚。と自分に言い聞かせるのが…せめてもの抵抗。
その日から逆転した2人の立場。
朝、まっさらなYシャツを着た竜也がそこには座っていた。2つに折った襟をきちんと立てて。静かな横顔。
「…お早う。」
スープに口付けたまま亮の方は見ない。
「おー」
いつもだったら、説教臭い睨みを利かせて、また連絡も無しに朝帰りだった亮を睨むのが彼の日課のようなものだったのが。
煩い小言を言う事も無くなれば、奴から視線を合わせようとする事も無くなった。
時折、亮の投げかける含みアル設問に、簡潔に答えるだけの竜也。
何も知らない真理子が、「今日は皆揃ったわね。」と嬉しそうにコーヒーを煎れていた。
「あれ、三上先輩。めずらしーですね」あれから3日が経っていた。
と言うか、1人1人をとっ捕まえながらそいつに辿り着いたのが、3日後だったと言うのが正しい。
風邪で寝こんでた笠井竹巳。始めからこいつが捕まれば早かったのだ。
飲めないから…。
「よー、今日お前どーせ見学だろ?」
「そーですけど、」「ちっと話いい?」
「何ですか〜?」とちょっと掠れた風邪声以外、明るい顔で返してきた様子を見ても、何か知ってる様には思えなかったが…。
取りあえずグランドから連れ出して、中庭の駐車場へと歩いて行く。
「この前よ〜」
「あ、はい。」
「お前最後まで居た?」
「いえ、」
「じゃ誰残ってた?」
「誰って、根岸先輩と、近藤さんと、一番最後に来た誠二と…」
「何かあったんですか?」と首を傾げて俺を覗き込む仕草を見て、ああこいつもダメか…と思いかけたその時。
「水野ですか?」と、軽く言った。
何とごまかそうか言葉の出無い俺を気に止めた様子も無く、奴はひょうひょうと言葉を繋いだ。
「何で?」思わず聞いてしまったのは俺の方。
「いえ、何となく。野崎先輩と何か喋ってたから。」
「水野が帰ってすぐ先輩も抜けて行ったから、何かあったのかな〜と思って。」俺の顔を見ながら、顔色を伺う。
「・・・・。」
そうか、こいつにはこういう詮索の余地があったから…
それがあのどんちゃん騒ぎの中のどーでもいい一コマを拾う原動力だった訳だ。
「先輩、そんなに水野が気になります?」
薄ら笑みを浮かべながら、人の目を覗き込む様に目を大きくする仕草は、まさに恐妻。
「はあ?お前もっかい病院行ってくれば〜?」
「結構です。」
俺とした事が、出るのは引きつった笑いのみ。
「野崎について、何かお前知ってる」
「さあ…。いい人だと思ってましたけどね。」
「まーな。」
それが、全ての根源だった。
少々素行に問題があっても、口は辛いが意外に世話好きで、根明で開けっ広げの性格はそれなりに生徒間では人気があった。それが好きか嫌いかは別として、彼の張紙はいい人で通っていた。
だからこんな時。あいつが…と口に出せる奴は少ない。
ただ一つの噂を知る者を覗いては。
「親が…悪いんでしょ。」「親はな。」
業界では悪魔的と名高い、実業家。三上も親ずてにちらりとそんな噂を聞いた事があった。
だが本人を目の当たりにしいれば、そんな事、さして気にする奴など居なかったが、
幸か不幸か、同じ業界人の親を持つ縁で少し多くを知り過ぎて居たと言えば…そうかも知れない。
こんな時に限って、こんな時だから、普段気にも止めて無かった記憶の断片が甦ってきて、
嫌な予感が背筋にべっとり張り付いて行く様だった。
「野崎先輩が、何したんです?」いつのまにか黙りこくっていた自分の隣から珍しくト−ンを下げた笠井の声。
でかい一重の三白眼が真直ぐに自分を見ていた。
「・・・眼球落ちそう。」
つい口にした言葉で、ぐっと睨まれる。
…逃がしてくれる気は無い様だった。言うべきか、言わぬべきか。苦笑い。
「こいつとは付き合ってるから」と言う打算は始めから多少なりあったけど。
いざとなると、やっぱり気は進まないものだった。
考えながら…
「あいつさ…」言いかけながら再び亮が歩き始めた、その時。
後ろから誰かにドンっと、叩…いや、ぶつかって来た誰かに腕を掴まれた。
反対側を歩いていた笠井も驚く。
竜也だった。
顔面を強張らせて、亮の顏を見るが。中々言葉が出ない。「どしたの?」
あっけに取られる亮の横で、聞いたのは笠井。
「死んだぞ…野崎が…」
微かに震える指先が亮の腕に食い込んでいた。
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なぜ終らないのだ…(涙)
竜也、三上竜也になっていますが、通称名は水野で通しています。
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