ブラザー3
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「ウソ…」

沈黙を破る声を漏らしたのは、笠井。

凍り付いた様に立ち止まった亮が、その声にはっとなって動きを戻すと、思わず左手に縋り付いていた竜也もぱっと手を離した。

再び視線をそらす二人。

「何で?事故?」

笠井の問いに答えられるものは居なかった。

沈黙の中。蒼白のまま俯く竜也と、それを険しい顔で見ながら何かを考え始めた亮を

少し困った顔で笠井が見て居た。




彼の葬儀はちょうど土日と重なった。

その日は雨で。

冷たく憂鬱な秋の長雨が重い思惑に拍車をかけていた。

昼からずっと居間のソファーで見ても無いTVを前に片膝を抱えている竜也を、幾度かキッチンを往復して行った亮がその度にちらりと見て行った。

…見張られている?

それには気付いていたし、もしかしたら向うもわざとそう立ち回っているんじゃないかと言う事にも気付いていた。



あそこへ…行かなくては行けないかも知れない。

彼と関わったのはほんの一時、けれどもう他人と言うには知り過ぎて居た。

世話になってしまった。

恐らく竜也がこうしてじっとしたまま時が過ぎるのを待つ事を彼が生きていたら…

否今も、望んでいるだろう。

第一。

再びあの巨大な門下をくぐり何食わぬ顔をして焼香を済ませるなど自分にできるのだろうか、

まして無事になど帰って来られるだろうか…

そう思うだけで指先が震えるのを止められなかった。

しかし、どうしても彼に会わなくてはいけないと…いけなかった。

でなければ、自分はもうこの先を真直ぐに進んで行く事等できないのだと、

呵責の火が胸を焼いていた。

葬式の朝。制服をブレザーまできちんと着込むと、足音を忍ばせながらそっと階段を降りて行く。

亮はともかく、今日が日曜のお陰で真理子や義父に見つかるのさえ厄介だった。

髪をとかし、身なりを整えると、もう一度鏡の自分と向き合い決する為に暫し見つめあう。

洗面所から出て廊下を右へ曲がろうとしたすぐの所に、

奴は居た。

一瞬どきっとして歩みを止めそうになりながら。だが。予想はついて居たと再び背を伸ばし歩いて行く。

「いかねー方がいんじゃねぇ?」

かまわず通り過ぎようとした竜也に後ろから掛かる亮の声。

立ち止まると背中を向けながら少しだけ振り返って亮を見る。

「行くよ…」

一言だけ残すと再び歩き出した。

小さく舌打ちしながら亮はその姿を見送って居た。



「もう・・ユルシテ。タノムカラ。」

「ーーーーー!!?」



竜也が靴を履きかけた瞬間、わざとらしい棒読みでゆっくりと竜也の背中へ吐き出された言葉。

体の中の血が一瞬にしてかっと沸き立ち、そしてそのまま凍り付く。

一歩一歩こちらへ近付いて来る亮の気配を感じて、じりじりと背筋が強張って行くのが判った。

『何でこいつが…』

それを知っているのはあの時あの場所に居た。奴らだけの…。

文字通り、後ろで悪魔の笑みを浮かべる亮が想像ついて、震えそうな歯列を噛み締めると、ぎゅっと目を閉じる。

知られている…

思うだけで。

絶望と危惧と、…そして恐怖にもまさる差恥で頭の中がパニックだった。

後ろに居る亮に振り向く事も出来なければ、玄関の外へと逃げ出す事も出来ない。


後ろを向いたまま石の様にピクリとも動かなくなった竜也に、ちょっと眉を顰めながら近付いた。

予想以上の反応に、

それでもこうしてバカ真面目にローファーに足を入れようとする彼に軽い怒りすら覚える。

何故、そうまでして彼が葬式に行きたがるのか判っていて、判りたくは無く。

「へー…図星?」
「ただの寝言かと思ってたけど。」

「…ねご・・と?」

反復する声は掠れている。

暫くして、彼はやっと恐る恐る亮を振り返った。

態度とは裏腹に、その目だけは怯えては居なかった。もっとも虚勢でしか無いのだろうが、いつもの様に堅く渇いた鋭さで亮と向き合って居た。

そいつに「上がれよ」と無言で顎をしゃくる。





夕べの事だった。

たまたま風呂上がりに通りかかった奴の部屋の前。弛だ戸口に隙間が開いて居るのがたまたま目に付いて…。

何故そうしたのか。

ふと覗き込んだ部屋の中はオレンジ色の豆電球に照らされていて、ベットで寝息をたてる彼が居た。低調になったエアコンが薄く利いた部屋。

そっと近付いてベットのへりへと静かに腰掛けると、眠る彼を見下ろした。

顔色は蒼白だったが、眉を寄せた顔は瞳を閉じても尚その美少年ぶりを発揮して居た。

憎たらしい顔。

そう思いながら苦笑して、伸ばした指先が額に触れるとその肌は薄ら汗ばんでいて、まるで指から逃げるかの様に緩く顔をそむけたのだった。

『ああん?』

心の中でつぶやきながら、ささやかな仕返しに鼻をきゅっと摘むと、

今度は薄らと目を開けたのだった。

やべぇ。起こした?

と思いきや、亮を見ながら眉を寄せて何かを呟いた。もっと良く聞こうと顔を近付けた。

瞬間、その表情にどきっとする。そしてその台詞…

まるで一瞬、睦言を呟かれたような錯角に陥って、

こいつ、何言ってんだ…と身を引きかけたその時。

一切に歪んだ瞳から涙がこぼれ落ちるのを見たのだ。

唖然とする亮の前で、もがく様に掛け布団を胸の上で握りしめ…悶絶するように声を上げた彼。

「−−っ!!?」突然の事に驚きながら、

あいた口が塞がらない。と言うのはこんな時でも有効なんだな、何て事を薄ら考えながら、もちろんコレが尋常な事体じゃ無い事くらい理解して居た。

胸を掻きむしりそうな両手を思わず押さえに掛かると、怯えからか、亮の手を振り解こうと激しく抵抗する。

「っ、ったく。この。おいっ!」

たまりかねた亮が、暴れる両手首を押さえ付けてドスっとシーツへ沈めると、それでも幾らかまだ抵抗を見せたが、やがて静かになった。

時折鼻声の混じる荒い息をつきながら、ぼんやりと開けられた瞳が亮を見ていて、

やがてそれも閉じられた。

すうっと寝入った竜也の寝顔を見ながら。再び戻る静寂に声を失う亮。

「・・・・。」

もしかしてこいつは、あの日からずっと…こうなのか?

暫くそうして彼が起きない事を確認してから。

ぐしゃぐしゃになった毛布を彼の上にかけ直し、胸の上をぽんぽんと軽く叩くとそっと部屋を出て行った。

少年喰い。


今度こそ、その言葉がはっきりと脳裏に浮んだのだった。


野崎が今の家の養子であった事。

彼の父親がいわく付きの金貸であった事。

今までばらばらに点在して居た色んな事が、初めて一つの線の上に繋がろうとして居た。



野崎は事故だった。

本当に事故なのかどうかは判らない。

だがどちらにしろ、なぜ彼が死ななければならなかったのか?

と彼を知る者には問わずに居られ無い訳があるのだ。

生き証人はもう竜也しか残っていなかった。

だとしたら、

自分がするべき事はただ一つだった。


ベットには竜也。机の椅子には亮が、竜也の部屋で向かい合う2人。

ちらちらと時計を気にする彼を無視してマンガを読み続ける亮。

「あんたさあ…行ってどーすんの?」

ふいに破れた沈黙。

「…知り合いの葬式に行くのがそんなにおかしいか?」

「今度は火傷じゃ済まないかもしんねーのに?」

「お前には関係…」

「喋られてーの?」

「・・・!!」

こんな時に、お前は何を言っているんだ。とでもいいたげな竜也の怒った顔。

「そろそろ教えてくれてもいーんじゃねーの?俺は義理もねーのに随分あんたに協力してるやってるつもりなんだけど?」

「頼んだ覚えは無い。」

「頼んだじゃん。誰にも言うなって。」

苦虫をかみ砕いた様な顔で竜也が視線をそらす。

だだっ子のような陳腐な強迫に腹の底から怒りが沸いて来る。

…コレが竜也の為の足留めである事位判っていた。

それは竜也にも分かって居た。

だが。

「一生逃げ続けるなんて俺はごめんだ。」

そう小声で呟いた竜也の前でパンと雑誌の閉じられた音。

「つーか。逆なんじゃねぇ?それ」

…あんたに逃げ切れるかね〜?

嘲笑うような口調に顔をあげれば、真面目な顔で亮がこちらを見て居た。

お前の考え等通用する相手じゃ無いのだと、重い瞳が言って居た。

相手が違うんだぜ。と。

考え込んでしまった竜也が、何かを言おうとした仕草を見て取った亮が先に言葉を遮った。


「そんなに行きたいんだったら、俺にお願いしてみれば?」

!?

キィっと椅子を回して席をたった亮に、驚いた竜也が顔を上げる。

一瞬だけ浮かべられた彼の残酷な笑みに息が詰まる。

予想もしていなかった事体。

「もう一回、あのセリフが言えたらここを通してやってもいーけど?」

いいながらゆっくりと竜也の隣へと腰かけて来る。

思わず身を引いた竜也に薄く笑う。

割れそうな鼓動が耳の奥で鳴り響いていた。





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