「げ。」

自動ドアが開いた瞬間外は土砂降りだった。

「まじかよ。」

たりーなおい…。

今日は結構付いてる日だと思ってたのに、今さら雨にぬれてられっかよ。

「誰かいねーかな」何て、何とな〜く目の前の表通りに視線を走らせると。

ん?

あ?

おい。ありゃ。

偶然にも見覚えのある人影が目に飛び込んで来た。

「おい。」

「おいっおい。」

俯いて通り過ぎようとした白シャツの学生服が、3度目の声に気付いて立ち止まり。

ちらっとこちらを振り向けば。

あの水野竜也だった。

ビンゴ。つーか。相手に取っては超不服だが、

この際傘を持ってりゃ誰でもいいってことよ。

自分を呼び止めたのが三上だと気付くと、その顔は見る見るウチに険しいものへと変わって行く。

だがそんな水野の様子にもそ知らぬフリで三上はいけしゃーしゃーと近付いた。


『三上…。』

目の前に写っているのに、今は現実感が少しも無かった。

今誰かとやり合う気力なんて当然無かったし。かといっても足も頭も動かなかった。疲れていた。

しかもよりによって……。

振り切りたいと思いながら、ガラス越しの風景を見てる様にこちらに走り寄ってくる三上をぼんやり眺めていた。


「よお。助かったぜ。あんたでも通りかかってくれてさ。」

「なんか用かよ」

「傘、ささねーなら貸してくんねえ?」

そのバカにしたずーずーしい申し出にムッとするが。その言い様に引っ掛かるものを感じて…

催促のように落とされた視線の先、自分の右手にしっかり握られたままの傘に気付いて。

竜也は固まった。

やけにニカニカとしながら近付いて来たと思ったら、どう見ても普通では無い自分の姿に気付いていながら、そんな事を言ったのだと…

…ま。それはそれで助かるけど。

興味ないって事か。何処かでそれを悔しく思っている自分を打ち消したかった。

何もかもがどうでもよくなってしまいそうな気分に襲われる。

もう今は傷付くのは嫌だった……。


自分の傘を見ながら顔色を変えた竜也を。三上は黙って見入っていた。

ケンカでもしたのかと思ったが。

どこか仕草はおぼつかないし。妙に空気は重苦しいし。

それにこのスローモーション。

「何かあったの?」

今さらながらそんな台帳を言った相手を驚いたように見ると。その胸にドンと右手を突き出し傘を当てる。

「どうぞ。」

「あ、どーも」

驚きもしない軽い返事。

貸してやると。無言で睨み付けると、くるりと身を返して立ち去ろうとしたその腕を後ろから引っ張られた。

とっさに体がビクリ!と怯える。

ーーーっ!! しまっ…た。

頭の中に浮んだのはあの、嫌味な彼の笑い顔だったが。

振り返らずに振り切ろうと考えていると、ふわっと彼の香水が香って鼻を付いた。

それからすぐ隣に彼の体温を感じる。

隣に並ぶ肩。

「あててやろーか。」

「は?」

腕を掴まれたまま。頭の上に傘がさされていた。

「お仕置きされちゃったんだ・・・。」

・・・・・。

からかうようにそう言って横顔を覗き込んで来る気配に、身を放そうとするが掴まれた腕は離れない。

シカトを決め込もうと堅く唇をかんで横を向いた。

気づかせたい。気付かせて責めたい気持ちと。そんな醜態をこいつに曝したら終だ。

きっとしてやったりと嘲笑うのだろう。という気持ちが同時に競り上がって来る。

多分自分の期待は裏切られるのだから…。

「おい、もーちっと寄ってくんない。こっち濡れんだけど。」

そんな水野の葛藤はよそに、掴んだ手に引っ張られて距離が縮まる。

それは避けたかった。

幾らずぶぬれになっているからと言って。近くで見ればそれだけじゃ説明の付かない程、ひどいナリをしてるのはバレバレだった。

付いてるアザの種類も違うし。第一、さっき頭からかぶったものの悪臭が、雨にうたれても身体に染み込んでいるようで仕方が無かった。

焦って、思わず非難の目を三上に向ける。

「俺はいい。一人で帰れよ。」

「は?何で?」

「何でじゃないだろ。お前とは帰りたくないっつってんだよ。」

「ふ〜ん。じゃ有り難く借りてくわ。」

じゃ〜なと呑気に聞こえる声を後ろに、再び雨の中へと一歩踏み出すが。

……気付けば、商店街から何処をどう入ったのか

自分の家は、路地一個向こうに見えていて。マズイ事にそのど真ん中で真里子が近所の奥と立ち話の真っ最中だった。

竜也の足が止まる。

「ま、確かにそのイカ臭せえナリじゃママにあわせる顔はねーよな。」

3、4メートル離れた場所から声がした。

振り返れば。やっぱり。

あの笑いが待っていた。


再び頭上へと傘がかざされても、今度は竜也も抵抗しなかった。


心底、こいつは本当に嫌な奴だと思った。

三上に真里子が分ったとは思えない。(分ったらそれはそれでやばい)多分。

様子や状況から『お坊っちゃん水野』の性格を読んだのだろう。

こうやって今自分がみじめに落ちて行くのを見て、心の中で楽しんでいるのだ。

さぞ愉快だろうな…お前は。

それでも、今はそのエセ親切にすがるしか他に行き場の無い自分に。何よりも無性に腹が立った。


狭い傘の中、距離を置きながらお互い、もう無言で歩く。

「ああ、こっち」

40分程歩いて付いたのは。武蔵森では無く、駅向こうの高層マンションや新鋭住宅が並ぶ田園都市。

日が落ちてすっかり暗いせいか、ちかくにある大通りのわりには静かな場所だった。

生温い風が雨の匂いと一緒に吹き抜けて行く。

その中の一錬に迷わず入って行く三上。

もしかして…こいつん家?

嫌、他に何があるんだとも思うが・・・・。



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