独乙
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「風祭…」

目の前に居たはずの彼に声をかけ様とした時はすでに、

その小柄な身体は、人垣の向こうに消えていた。

藤代に肩を組まれながら椎名に小突かれ笑う姿…。


「・・・・・。」

補欠。と言う立場であったにも関わらず、気付けば今やすっかり選抜の中心に居る彼の存在。

…当たり前だけど、

彼がもう桜上水のだけの彼ではなくなった事を実感していた。

呼ぼうにも、楽しそうなその姿に気が引けて…

何となく、輪にも入れないまま、静かに昇降口の階段へと腰かけていた。


それに比べて、俺は…何してるんだろうな…

遠巻きに眺めながら、ぼんやりと重い思考が襲って来る前に大きく息を吸った。


と、ちょうどそこへ荷物を取りに来た誰かの影に振り向く。

自分の横に置いてあったそれは

今日のもう一人の主役の物だった。

見上げる彼の背丈は

やはり、大きい。

上からちらっと自分を見る影。

「天上…」


見上げても、不思議と始めてあった時のような威圧感は無かった。

…相変わらず背負う空気は冴えざえと磨がれていたけど。


さして話した事も無く。

風祭や不破を挟んで、確かに同じテーブルの端と端で飯を食ってはいた様な…

知ってるような、知らないような…

微妙な感じ。

ちらりと伺えば、彼は黙ったまま少し離れたその隣りへと、腰を駆けていた。


自分も喋る方では無いけれど。

彼の無口は本当に、寡黙だ。

その隔たりは、彼そのものなのか、それとも住んでる世界の違いなのか…

知るはずもなかったけど。



「水野。」

一瞬その声が誰の物か判らなかった程、

聞きなれない声音に振り向けば

やはり自分を呼んだのは彼だった。


振り向いた竜也に、彼は珍しくクスリと笑みを漏らす。

…?


「お前も、そろそろ走るんだな…」

あいつに「おいて行かれる前に」

「ーーーー!!」

ムッと曇って行く竜也の顏、驚いた面持ちで天城を振り向くが

その顔にクスっと微かな笑いを残すと、荷物を片手にその横を通り過ぎて行った。

誰にも気付かれないまま

喧噪の向こうへと消えて行く背中。


「ーー・・・・。」


「…かってんだよ…」

何だってお前なんかに…

つぶやきが、去って行く彼に届く事は無く

暗澹と苛立ちだけが胸に沈んで行った。

とその時、

ドンっと肩の上に降って来た重み。

振り向けば

「鳴海…?」

微かに嫌そうに眉を寄せた竜也にもお構い無しにずっしりと首に回る彼の硬い二の腕。

やりにくさを感じて身じろぐが

強く肩を掴まれた。


「俺は嬉しいね〜」

「あのヤローが居なくなってくれてせーせーする。」


鼻で笑う口調とは裏腹に

その視線はどこか悔しそうな…惜しむような…

その横顔をちらりと見たきり竜也が黙って校庭へと視線を返した瞬間

「ーーっ…!」


心臓の上を、突然掴まれた胸ぐら

薄い胸板を皮膚事掴まれて、カッとなるより先に出た肘鉄があたる前に

不適な笑いを残して奴は離れて行った。


「人の心配よりテメーの心配した方がいーんじゃねーの?」

笑うその姿に

じんと痛む胸板を撫でながら

「お前もな、…ラーメン、楽しみにしてるぜ」

と言い返していた。


振り返ってブービーサインを下す奴にフンと笑うも

ほっと溜め息。

どっと力が抜けたまま、そこに座り込む。


風祭…か…





「鳴海ー!」

と声と一緒に振り向く間も無くバックドロップをかけて来た藤代を

危うく交わして、

「お前水野に何してんだよっ!」とブーたれるホクロに頬をつねられて、つねり返す。

「うるせー、あの位ぴりぴりしてる方がなぁ、後々喰い甲斐があんだよっ」

「なっ、信じらんねぇ〜!!お前超セクハ…ラ・・」と、藤代が言い終わらない内に

突然前のめりにしゃがみ込む鳴海…

「お、おー!!?」

そしてその横をテンテンと転がって行ったボール。

呆気に取られる自分の横から

「鳴海ごめーん!!」とかけて来た風祭を見て、

彼の2度目のインサイドが彼の…にヒットしたのを知ったのだった。











「ホームズ?」

すっかり寒くなった夕暮れの街を、自分とは逆へと曲がろうとする愛犬の手綱を慌てて引いた。

いつもはこんな事、あり得ないのに…

今日は新しく出来た運動公園の下見がてらにと、道を変えたのが不味かったのか、

かと言っても、近所と変わらない住宅街が続いているだけで、

目新しい物等…

と、思った瞬間、角の向こうから現れたのは黒い大きな犬…


うなりはしない物のぐっと姿勢を低くしたホームズの手綱を短くすると「行くぞ…」と引っ張るが、

竜也を振り向きながら困った様にしながらも、そこから離れようとはしない。

「ホームズ」

ドーベルマンだろうか?

向こうの黒犬はピンと張った耳に長い尻尾。そして太い骨格。

同じ大型犬でも、ホームズとはちょっとスケールが違った。

…しかも、飼い主らしき人の姿は見当たらず、どうやら綱も付いていない…


まずいかもしれない…

無闇に背を向けるのもいけないと、ゆっくりホームズを自分方に引き寄せながら

様子を伺うが…


じぃっとこっちを見たまま

黒犬が動く気配は無かった。

「ホームズ、行くぞ…」

だが、そう言って竜也が手綱を強く引いたのと

その声が耳に飛び込んで来たのは同時だった。


「ジャック」


「!」

確かに聞き覚えのあった声にふと視界を上げると

十字路から出て来たその人物は、確かに彼だった。


「何をしてるんだ?行くぞ…」

話し掛けながら、その視線の先を追って、彼もまたこちらへとゆっくり振り向く。

そして

「天城…」

名を呼んだ竜也に彼も又、驚きを隠さず目を見張っていた。


「水野?」




「ごゆっくり」と、深く頭を下げて一礼したメイドに竜也も軽く挨拶。

通された部屋は、チリ一つなく片付いたフローリングの閑散とした居間部屋。

この生活感のない大きな家をそのまま詰め込んだと言っても良かった。

いつもそうしているのか、

ブラインドを締め、壇に火を入れる天城の横で、部屋の済みに座ったままのあの瞳が

じっと竜也を見ていた。

「ジャックって言うのか?」

「まあな…」

いかにも利口で、そして気難しそうなドーベルマン。

何だか…飼い主そっくりだと思いながら

側で自分に頭を寄せて来るホームズを撫でていた。

「お前の犬か?」

「ああ、ホームズって言うんだ。」

「そうか…」

ちらりと

その様子を見てから、用事を終えると

暫く何かを考える様にこちらを見ていた彼だったが…ふと溜め息を付き、

何かを決した様にこちらに戻ると

竜也の前…ではなく横に座ったのだった。

すっと彼の後を付いて来たジャックが天城の横へと静かに座る。


カップに口を付けていた竜也もその意外に気付いて手を止めていた。


「俺は、お前のような奴は嫌いだった。」

「・・・・。」

「自分1人では対した力も無い癖に、ただ使い勝手の良い駒と言う利点だけで評価されている事に、いい気になっている。」

言い出した横顔は、だが穏やかだった。

「…俺の欲しかった物をみんな持ってて、俺の生きて来た苦労の半分も味あわずに、のうのうと生きてやがる。」

「自分は選ぶ立場の人間だと言う顔をして。」


「森の…事か?」

「例えばな」

そう言えばそうだったと思いながら横を伺うが

彼はただカップに口を付けているだけだった。

みんな持ってて、な…思いながらちらりと、

高い天上にかかるシャンデリアや装飾を目にしてしまうが…

「それは俺の物じゃ無い。親父の物だ。」

気付かれて、内心肩のはねそうになった竜也に、隣から喉の奥で笑いがもれていた。

むっとしながら、視線を反らす。


「けど…」

「けど?」

「今はそうでもない…」

黙って、自分に耳を傾ける竜也に視線を向けると、彼は続けた。

「お前の鼻を明かす奴が現れたし、そいつが俺を…認めたからな」

風祭の事だと、

言われなくても判っていて、昼間の事も相まって、竜也の眉間が静かに険しくなるが

クッと笑いながらも彼が視線を反らす事は無かった。


「それは、良かったな…」

確かに、安穏と育ったには違い無いけど…

それだけで、こんなにあっちこっちからネ目付けられなきゃいけない筋合いもないと

沸いて来る怒りを押さえながら、

顔を反らしていた。


「それに、」

「お前と言う対象の捕らえかたを変える事ができるのに気付いてから、腹も立たなくなった。」


「捕らえ方?」

「そうだ。」


「ずっと、気になっていた、お前ごときに、何故こんなに腹が立つのか…」


そう言って伸びた手は、竜也の腹の上へと当てられた

へその上から腹まで全てを覆ってしまいそうな大きな手の平。


「これは、俺があそこへ呼ばれて、唯一あの下らん連中から教わった事だ。」


声が出なかった。

こいつは

猟犬だ。

真直ぐに自分を貫く瞳は

何も映しては居ない。

綺麗な作りの顔立に、吐息が触れそうなくらい近付いても

だが、凍りそうな程冷たい瞳からは何故か目が離せなかった。

つんと鼻をついたのは薄荷の中に砂糖の交ざったような彼の匂い。

触れそうになって目を閉じた瞬間

そのままぐんっと押されて、上半身がソファーの上へと寝転びそうになって

慌てて背もたれへと腕をまわした。

だが、

それ以上、天城が詰め寄る事は無く、

簡単にソファーへと転がってしまった竜也を、ただ黙って見ていた。


「ああ…悪い…」

「…い、いや」


違った…のか?


確かに普通に考えれば、そんな事するような奴なんて…そうそう居る訳じゃしに

三上や、シゲに毒され過ぎだと、独りよがりに焦った自分に差恥が沸いて来て、

急いで座り直していた。


「で、その…取らえ方って何なんだ?」

「…いや、なんでもない…」


そう言った天城のは微かに口元が自嘲していた。



それから暫くぽつりぽつりと話したのは

犬の話や

風の話。

正直言って、無口な彼が、こんな実にならないお喋りを好むとも思えず

だが、この自分に何故だか気を使っている姿に

悪いと思いつつ、もう少し見ていたいと思いつつ…

時計の針が、7時をすぎた頃、

さっきからソファーの横でおろおろするホームズに、散歩の途中だった事を思い出して

「じゃあそろそろ…」

と、席を立ったのだった。


「ああ…引き止めて悪かったな。」

「……!」


数カ月前では考えられないような天城のセリフに

一時言葉を失うも、

「いや、こっちこそ、」と微笑むと促されるまま玄関へと送られた。


「また、会った時は敵だな。」

「ああ、」

「じゃあ」

「じゃあな…」


その時、奥から出て来たあの黒犬ジャックが

始めて竜也に向かって低くうなり声を上げて

…それに気を取られたほんの一瞬…


深く重なった何かが

閉まる扉と一緒に口腔内から出て行ったのだった。




「行こう、ホームズ…」


すっかり暗くなった道すがらを小走りに急ぎながら

心無しちらちらと自分を見ながら走るホームズに

「内緒だぞ、」

と苦笑していた。










「なーおい。」

それから、どのくらい経っていたか

「何この首輪。」

たまたま本棚に置いてあった皮の首輪が遊びに来た三上に発見されて

「ああ、知り合いから貰った餞別」

「へぇ〜ドイツ製?」

「!え…いや、エルメスだけど…?」

一度も話した事等ないのに、…それともどう言うカンをしているのか…

「マジで?良いじゃんコレ、」


「まあな、」

「貰って良い?」

「ダメ」


しかし翌週竜也が遊びに行ったマンションのベランダには

「HOMES」と小さく刻印の入った皮の首輪をつけたデブ猫が

転がって居たのだった。




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当然ながら、かなり無理のアル天水…(--;)かきかけのを引っ張り出しただけなのに、1日かかってしまいました…;



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