世田谷物語4-1
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目を開けると、最初に飛び込んで来たのは点滴のチューブ。

続いて真上から降る誰かの声。

「お早うございます。渋沢さん?」

視界をゆっくりくぐらすと、そこには白衣の看護婦…。

何処か見覚えの有る顔。

「お目覚めですか?」

「はい…」

ふと目に入った胸のプレートには『水野』と…。

…!?

「・・・・ここは?…」

「病院です。運ばれたんですよ。」

「運ばれた?…」

自分の額に手を当てながら少し覗き込んで来るその人に、ぼんやりと答えれば、頭の端に思い出せない何かが、

「あの…」

「さっきまで、息子さんがいらしてたんですけど。一度帰られて、後で御家族ともう一度来るそうです。」

「…そうですか、」

熱が無いのを確認すると看護婦はすっと離れて行き、布団を整えだした。

来るそうです。

時々不作法と言うか、言葉の節々が引っ掛かるのは気のせいだろうか。

「俺は、どうしてここに?…」

「後で先生がいらっしゃいますから、聞いて下さい。」

皆まで言わせずぴしゃりときられた会話。

ムッとする竜也にもお構い無しに、看護婦は手早に用を済ませて出口へと向かって行く。

無愛想な看護婦。

窓の景色から、ここが通い馴れた近所の市立病院である事は確かだったが、

『あんな看護婦いただろうか?』

確かに何処かであった気もしないけど、結局思い出す事は出来ずに、溜め息と共に布団に沈んだ。

と同時に。

軽い音共に

戸を開けて入って来た思わぬ人物。

「亮君!?」しかしそれを口にする前に、看護婦の声が遮った。

「あ、三上先生。」

「どーも。」

先生?

確かにそこに居たのは白衣を着た…しかし、どう見てもそれは見間違う訳も無い彼…?

驚いて見上げる竜也にも眉一つ顰めずに、つかつかと近付くと、当り前と言わんばかりにベットの端へと静かに腰かけた。

そんな横暴な態度にも、看護婦は何も言わない。

「初めまして。」

「…っと、渋沢さんでしたっけ?」

カルテを見ながら唖然とする竜也の顔を覗き込むと、暫く眺めてから、含みをまぜた善良な笑みで二コリと笑った。

「どうも…、」

怪訝な顔で答える竜也の背中へと回される腕、

横からすっと手をのばした看護婦の助けを借りてベットの上へと起き上がる。

「担当医の三上です。」

そう言った時の顔は、亮がいつも他人に使う愛想笑いと同じだった。

「あの俺は…」

「昨日、運ばれて来たんですよ、血まみれになって。」

「血まみれ!?」

「ええ、」

思わず自分の身体を見回すが、当然痕跡など残っておらず、再び思考を最後の記憶へと巡らす。


昨日、

そう昨日の朝、皆を送りだした後…

それで…受話器を取りに…


「3日も眠っていたんで、今日は7日です。」

「え?」

まるで竜也の考えを読んだかの様に、医者が横からそう口にした。

「忘れ物を取りに帰った末の息子さんから通報がありましてね…」

医者は淡々とした口調で続ける。

笑っても居ないが、同情もしていない。愛想の石膏で固められたその顔からは何も読み取る事は出来なかったが。

「それで、一体何だったんですか?」

「流産です。」

ぞっと背中に走る身の毛のよだつような衝撃。

今度こそ眉を顰めて二人を見上げた竜也にも、二人は無言。

「残念です。」

無表情のままそう言ったのは、あの看護婦。

そして一礼すると「仕事が有りますから」と医者に告げて、静かに出て行った。


口を継ごうとしても何故か言葉が出ない。

言われた言葉が頭の中で氾濁して、もう一度、もう一度考えながら意味をだどろうとするのに、考える側から、まるで言葉が溶けて消えてく様にいつまで立っても結論へたどり着けない。

それは違う、何かが違うと、頭の中で叫びながら。




「奥さん、」

「奥さん!?」

ゆっくりと視線だけ自分の隣に残った医者へと向ければ、

「大丈夫?」と覗き込む彼の顔。

「ぁ…はい。」

思わぬ至近距離にあった顔に思わず息を飲む。

それを見て、微かに彼が笑った気配。

−ー−!?

何時の間にか、起き上がる竜也を助ける為に回されていたハズの背中の手が、向う側へと回って

気付いた時には、こんとその白衣の胸へ引き寄せられていた。

「先…生?」

すぐ頭の後ろから声がする。

「残念でしたね、本当に。」

後れ毛を耳に駆けながら髪を梳くその仕草。

確かに覚えの有るその声、その肌の匂い。

イヤな予感がした…

「御長男の、お子さんだったんでしょう!?」

小声で囁かれた言葉に驚いた竜也が振り向けば、

「婦人科に一度検査を依頼しましたよね?失礼ですが、調べさせてもらったんで、」

そういって、両の口の端を上げて笑った。あの、悪魔の笑みで。

口もきけずに固まる竜也を前に医者は続ける。

「御主人は御存じで?」

「…・・多分。」

顳かみにつけられた唇に、竜也が微かに身じろぐと、腕を掴む手に力が入って、

身体に緊張が走る…

「欲しかった?」

「・・もちろん。」

「本当に?」


色を失いかけていた視界に、怒りと一緒に我が戻って来る。

「とうぜんだろ!」

語尾を強めて、自分を睨んだ竜也を見て、医者はふっと笑った。

「本当は?」

コレは医者で、彼では無い。だがそう言った彼の顔はなんだって…

余裕の笑みを見せながらも、その裏で辛そうに歪められた何かが、見えて。

つられた竜也の瞳が揺れる。

やはり「亮君?」


だが、次の瞬間聞こえた声は、



「あ、点滴終ったら呼んで下さい。」
「医者でも看護婦でもいいんで。」

背中にまわされていたはずの腕は消えていて、

変わりにカルテを手に持った医者の横顔。

気が付けば、水を打った様に静かだった病室内に、いつの間にか外の音が流れ込んでいた。


まるで全てが夢だったような、気分。
いや、夢だったのだろうか?

「あ、はい…」

呆然としながらそう答えた竜也をちらっと見た医者が、

一瞬笑って、そして

いつも亮がそうして来た様に、そこに一つ口付けると。

驚いた竜也が何か言う前に、身を翻してその部屋を出て行った。






「お義母さん気が付いたってよ!」

受話器を切った途端、明るい声で居間に飛び込んで来た誠二にネクタイを緩めかけていた克朗の手が思わず止まる、

「そうか…!で、どうなんだ?」

「うん、元気だってよ。」と駆け寄る誠二に肩の力を抜きながら、時計の針をちらっと見て、

「じゃあ、俺はちょっと行って来るから、悪いが夕飯は…」「俺も行くよ」

そう言ったのは、誠二の声にちょうど居間へ出て来ていた竹巳。

「俺も。」と言う誠二に、

「それはそうと、だれか将に教えてやらないと」と気を利かせ、それから

「兄貴は、行かないと思うよ。」

とだけ克朗に告げた、

「…そうか…」と苦い顔。



部屋の窓から出かけて行く面々を見ながら、

ああ、あいつが起きたのかと、知る。


竹巳の奴…


気を利かせた振りをした、これがあいつの戦略だと気付かない亮じゃなかったが、

別にそれをとがめようとも思わなかった。

あの義母のしてる事に比べたら、そんなのは可愛い物だと思う。

竜也と自分を引き剥がしたくて必至なのだ。

そんなに純粋に、恥も無く、人を好きだと叫べる彼を、何てばかなと思いながら、可愛いと思う。

思っても思っても何も返って来ない日々より

痛い程自分に向けられるそのドロ付いた激情の方が、今はずっと心地よかった。


バイバイお義母さん。


椅子の背もたれに反り返りながら、2階の窓から遠くなって行く家族の背中を眺めていた。






「え、いない?」

内科の窓口に身を乗り出した誠二に、少し引きながら、若い看護婦が慌ててもう一度病室のチェックを行なうが…

「ええ、渋沢さん。渋沢竜也さんでいらっしゃいますよねぇ?」

と繰り返す。

「そうです。昨日の昼頃ここに運ばれて来た急患なんですが、」

と何やら、ただ事では無い事態に後の克朗が誠二から代わる。

「ああ、急患ですか…」と考え込んでから、少々お待ち下さいと奥に入って行く。

顔を見合わせる面々。

「病棟間違えたんじゃないの?」

と言う竹巳に

「だって、胃潰瘍だぜ?」と言っては見る物の…

「外科?内科?産婦人科?」と指折り数えて…

「やっぱり内科かぁ…と」と声をあわせる二人。

そんな二人を見ながら、ただの間違えだろうと思っていた克朗も、少々後汗になりながら、

「誠二、お前はさっき何所から電話受けたんだ?」と


「え?あ、そうか!」


ポンと手を叩いた彼に一同脱力だったが、

しかし。

「そうそう、確か。心療内科…だったかな?」


「心療…?」


と竹巳が声をあげると同時にさっきの看護婦が、やはり浮かない顔で返って来て

「一応他の科のお部屋も調べてみたんですが…」やはり…と言う。


「あ、お姉さん、俺心療内科から電話貰ったんスけど。」

と誠二が告げた瞬間、彼女の顔がもっと曇った。


「あの、当医院にはそう言った科は…」


彼女が皆まで言う前に、顔を見合わせる面々。

「じゃあどこに…?」

誰もが言葉を失う中、それを口にできたのは竹巳だけだった。






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3で終るはずが、とうとう4に、そしてどんどん主旨がずれて行く…もうあかん(涙

ドクター三上とナースの水野(これは男;)さんは実は裏の人達でした。
機会が会ったら読んでみて…呆れて下さい(^^;)








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