世田谷物語4-3
----------------------------------------------------------







「じゃあ、行って来ます。」

「行ってらっしゃい。」

と見送る竜也。

「おかーさん俺のネクタイ知らな〜い?」

階段の上から、玄関へと飛ぶ誠二の声。

「ごめん、アイロン台の上だ」

「おーわかったー。父さんに今行くからって…」

慌てて走って行く天上の足音を聞きながら、響いた声に、しょうがないなぁ…と言う顔でドアを半分開けた所で誠二を待つ克朗。

それを竜也が笑いながら見ていた。

「んじゃいってきまーす、」

と廊下を滑る様に駆けて来て、竜也の背中にポン触れながら玄関の段差ギリギリでぴったり止まる。

「気を付けて…」

「ああ、じゃあ。」

二人を見送って玄関の戸を閉めた所で、ちょうど階段を降りて来た竹巳の声。

「お早うございます。」

「お早う…もう1人は?」

と言う竜也の声に溜め息と一緒に首を振る。

「判った、じゃあ御飯そこのトレイだから」

言いながら、今竹巳の降りて来た階段をすっとすれ違いに登って行った。

長男と次男の二人部屋になっている2回の角部屋。


一応ノックをしてから戸を開ければ、

もうすっかり雨戸を開け放たれた明るい部屋。

窓の向うの葉桜に、ざっと流れ込んで来た空気に交じる乾いた日の匂いが、夏を告げていた。


「亮君、時間だけど?」

タオルケットを腹に掛けたまま壁を向いて転がる身体の上から少し誇って見下ろすが、

「亮君?」

起きる気配は無い。

「・・・・・。」

一拍置いて…

タオルケットの端を掴むと、一気に引き剥がす。

「ああ?…っんだよ…っせー…・

が、

再び丸まる亮。

その数秒後だった。

「ーーーぐおっ!」…くっ!

「ああ〜〜!!?」

思いきり腹に食い込んだ鈍器に慌てて飛び起きれば

真横には、つい先日この家に転がり込んで来た継母竜也の姿。

凄い棒読みで「おはようございます。」と何喰わぬすました顔で自分を見下げていた。

いやいやいや…

「ってめ、今何しやがった!!?」

寝癖も直さぬまま、竜也を下から睨み付けるが

「遅刻するけど?…」と誇ったまま、

ハンガーから取った制服をぽいぽいと亮に放る。

「おい、テメ。勝手に触ってんじゃねー!服が腐んだよ!」

最後の語尾と一緒に出て行けとばかりにシャツを竜也へと投げ返し、

新しいシャツを取りにタンスを開けた瞬間。


カラ…

ーーーーー。


振り返れば、勝ち誇った顔の竜也が窓へと視線を向けた、そこには

げぇ!

青空一面になびく洗濯物の旗。その半分は間違い無く、ここから消えた自分のYシャツだった。

「じゃあ、コレも洗濯しときますから、」

と多分最後の一枚を持って部屋から出て行く竜也を慌てて追う。

「ざけんなっ、おいっ!」

勢いおいよくその腕を掴み掛かったと同時に相手が振り向いて、

とんだ事故が…

不意打ちで、一瞬だけ重なってしまった唇に、固まる二人。

思わず指先でそこを押さえながら、目を見開く義母の顔をまじかに見ていた。

なんのつもりか、どうしてか、混乱ついでに伸びた自分の手が、その肩を掴んだ…

そこで、目が覚めた。





いつもの天上。

外は真っ暗。

どうやらうたた寝しながらすっかり寝てしまったようで、枕元の時計は7時半を指していた。

今日は家族総出で竜也の見舞いに行っていて、家には誰も居ない。


ああ、んな事も在ったな…

夢から覚めたばかりの頭でぼんやり思う。


大嫌いだったあの継母。

なのに今も考えるのはその人の事ばかり。

・・・・・。


明日…行ってみても良いかも知れない。

いつまでもこそこそしたってしょーがねーしよ。と…










「2週間くらいで退院出来るって、」

「2週間?」

そっかーと、目を丸くしながら、それが長いのか短いのか今一分からないまま、

竜也の皿から克朗の剥いたりんごをつまむ誠二に苦笑い。

皆の視線に気付いたのか、「はい」と笑いながら楊枝を立てて竜也に差し出していた。

「ええ、この際他も検査して貰う事にしましたから、」

「そうだな、後で担当の先生と話してこよう、」

そう言った克朗と笑いあう竜也の間に、頑張って入る誠二…

それを少し離れた所に立っている竹巳が見ていた。

何の変哲もないごく普通の病院。まだ新しいのか、壁も手すりも白くて小奇麗な部屋。

4人部屋らしい病室に、今は竜也1人。ガランと開いた白い空気が、寂しい気もした。


そして何より気になったのが、

竜也の首からあいた胸元にかけて無数についている鬱血の跡…


あれはどう見たって

キスマーク。

だが、目の前に居る父も、誠二も顔色一つ変えずに笑顔で話し込んでいる。

気付かないフリ?それとも…近くで見ると違うのか?

第一、その新しさから見ても、今日か昨日のもので、

相手が…思い付かない。

勘ぐり過ぎか?

だが、じゃあ…他に何の跡だって言うんだ?


克朗と誠二の後ろで、空になっている向のベットに腰掛ける様にそれを見ていた竹巳。

竜也が視線を配ったのを気付いて、軽く微笑んだ。


「そろそろ、往診の時間だから、」

そう言って、竜也がやんわりと、皆に退室を促す。

時間は3時。

「んじゃあ、また明日来ねーv

と何の疑問も含まず椅子から立った誠二の横で

「俺は挨拶してから帰ろう…」と告げた克朗に「そうですね。」と言いながら、微かに影を落とした竜也の顏を、竹巳が見逃す訳がなかった。


「・・・・。」









「じゃあまた明日」と微笑むと、竜也の額に一つ口付けてから、先日の看護婦に送られて去って行く克朗の背中を見送った。

「なかなか良い旦那さんをお持ちじゃないですか…」

ドアを閉めると声と同時に白衣の背中がこちらへと翻る。その声に微かに交じる嘲りに、

竜也は硬い表情で「どうも…」とだけ答えただけだった。

医者からは顔を背ける様に横を向いたまま、ベットの上に起き上がる。

「博愛主義ってのも問題ありそうですがね…」どんな人にも良い男なんてね…と。

「そんな人じゃありませんから。」

「どうでしょう、奥さん。貴方がここへ胃に2つも穴を開けて運ばれて来た理由が他に有るとでも?」

近付いて来る足跡。

「ええ、少なくても、主人は何も…」

そう言って硬い余裕の笑みで微笑んだ竜也を、上からにフンと嘲笑で返す、嫌な男。

「…そうですか、それは失礼。」

そして、いつもそうして来た様にゆっくりと竜也のベットへと腰を降ろす。

ふわりと香った彼のコロンの匂いに、竜也の身体が緊張と…そしてもっと別の記憶の期待から…強張る。

その緊張を見て取ったかの様に喉の奥で彼が笑う気配。

するりと顎にかかった指に、くっと医者へと向かされる。

「けど、こちら側と致しましては、可能性のアル全ての原因を模索しなくてはなりませんから…。まあ、お気を悪くなさらずに。」

「我々スタッフは総て患者さんの味方なんですから…、覚えておいて下さい。」奥さん…

語尾にそう付け加えながら、今までのどの顔とも違う真面目な顔で、彼はそう言った。

「…判ってます…」

「それは良かった。」

自分を黙って見つめる竜也をみながら、

顎にかかっていた指が、そのまま顎のラインを通り鎖骨へと降りて行く、そしてその手がパジャマの襟の中へと入った瞬間、

胸元をきつく抑えた竜也の手がそれを遮った。


「ーーー…」


無表情に彼を見返す竜也を、彼も同じような顔で見つめていた。

「御主人を、愛してます?」

「ええ、もちろん…」

くすっと笑う彼の吐息と供に、胸元の手がすっと離れて行った。

「…三上…先生?」


「いいでしょう。じゃ、そろそろ診察しましょうか?」

どきりとなる心臓。

「では一度うつ伏せに…」



布団をはいだベットの上、腰を上げて頭を下げた格好で、彼へと尻を突き出す。

ただそれだけで差恥に昂揚して行く肌。

きつくシーツを掴みすぎた指が青くなっていた。

竜也をその格好で待たせたまま、医者は隣で針のない巨大な注射器に鈍色の液体を吸っていた。

やがて準備が整うと、ベットの脇の銀色のトレイにそれを戻してから

やっと竜也へと目を配る。

「…・・ぁっ…」

彼の両腕が無造作に双丘を掴み、押し広げた瞬間、漏れる声を止められなかった。

緊張に強張った肌に熱い手の平を感じただけで、びくりと背骨が脈を打つ。

ちゅっと言う音と一緒に、柔らかな感触。

濡れた音が通り過ぎる度にヒヤリと濡れた感触が襲って来る。

はっ…・・っ…・・」

入り口から溝上へと丹念に這って行た舌が、

やがて中へと差し込まれた。

何時の間にか熱に溶かされていた身体。

一切奥に指を差し込まれた瞬間、

思わず逃げそうになった腰を掴まれて…


「治療ですからね。」

冷たく上から振って来た声に、冷や水をかけられた様にはっとして我に返る…


悔しいと…悲しいともつかない強烈な恥と後悔で、思わず目の前が霞む。

恐る恐る後ろを伺えば、

こちらに気付いた医者が、軽く笑って濡れていた目元に指を伸ばし、拭って行った。








「渋沢さん?」

「ああ、すいません。」

ナースステーションを少し過ぎた廊下で、突然立ち止まって後ろを振り返った彼に、前を行っていたナースが不思議な顔で振り向いた。

「どうかしました?」

「いえ、何でも…」

「奥さん、心配ですか?」

そう言って、縁眼鏡の看護婦がクスリと微笑んだ。

「ええ、ま、正直。」と少し照れながら苦笑い。

そうしながら、実はさっきから感じていた微かな疑問。

「あの看護婦さん」

「何か?」

「失礼ですが何処かでお会いした事は?」

「私と?」

「ええ」

一瞬驚いた顔を見せた看護婦だったが、それから何かに気付いた様に、ポケットを探り

申し遅れましたが、と一枚の名刺を差し出した。

「奥様の担当をさせて頂いている、水野と申します。」

言いながら、黒ブチ眼鏡を外したその顔に、克朗の目が見開かれる…


「貴方は…!?」


「以後、宜しくお願いします。」

驚いて言葉を失う克朗にも構わず、軽い会釈の頭を上げた。

そして、真面目な顔で静かに言い放つ。

「主に、御家族の方へのフォーローが、俺の仕事になっています。」






NEXT

TOP

---------------------------------------------------------------------------
裏の連中が出て来ると、水野が酷い目に会う事が最近判明…
ナースの水野 時々一人称が 私なのは仕事中だから。と言う事に…。











SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ