世田谷物語3-2
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思わず止めようとしたが遅かった。

軽く開けられた扉が駆け寄る将の目の前で同じ様に軽快に閉まって行く。

ダメだ終るっ!!

次に起こる亮の怒号が想像付いてぎゅっと目をつぶりかけたその時…

「おい、ちっと腹減ったんだけど〜?」

「…!?」

将の予想に反して中から聞こえて来る呑気な会話。

「何やタツボン、こりゃ随分濃いの産みおったなぁ〜!」

ぎゃははと笑うシゲの声に。

「シゲっ…」軽い叱咤。

「は?ざけんな。シンデモごめんだから。」

「亮君!ベット蹴る事ないだろっ。」

「あ、うっさい。つーか…」


一体どうなっているのか、『だって、5分も立つ前まで二人は…』

ぴしゃりと閉まったドアの向こうに居ても立っても居られなくなって、

一つ息を飲んでから将も勢い良くそのドアを開けた。

そこには…



「よお、遅かったやないかー!」

ベットの上で嬉しそうに破顔するシゲの姿に。

そしてその傍らに立つ竜也と、斜後ろの椅子に跨いでこちらを振り向いた亮の姿。

思わずあっけに取られながら、

「・・・あ、うん、ごめん…」

一時前に見た光景が嘘の様で、一糸乱さぬ姿の竜也にほっとしながら近付いて行く。

「何か、背ー伸びたんとちゃうか〜?」

つかつかと側にやって来た将の頭にポンポンと手を載せ、ニヒヒと笑う。

「そーかな、だと良いんだけど…」

自分でも砂を噛んでる様なセリフだと思いながら…笑い返して。

目の前の久しぶりに会った父親の事より、あの強烈な光景で今は頭が一杯だった。

「どないしたん?何か会ったん?」

「え?んーん。」

顔を見ればつい言って(責めて)しまいそうになる衝動をこらえながら、なんとか唇の端を上げて。

「お父さんも、元気そうで良かった。」

「おお、最近なぁ…」

話し始めた2人の様子を、少し離れた所で見つめる竜也が将の様子に気付いて首を傾げた時、後ろから掛かった低い声。


「…ま、騙すんなら最後まで騙し切るしかないんじゃねーの?」

ちらりと視線で振り返れば、視線は前を向いたまま椅子にまたがる亮。

「あんたもそろそろ覚悟決めたら?」

口元には薄ら笑みが浮んでいたが、瞳は無頓着そのものだった。

「あいつの事は(将)俺が決めるから…」

「ふ〜〜ん。」

どうでもいい返事。しかし

「協力費はそれなりに貰うから。」

そう言って喉の奥で笑いながらこちらを見上げた瞳には、無言で視線をそらす竜也。




「今日、誠二とお父さんは遅くなるそうだから。食事して帰ろう。」

「え?あ、うん。そーなの?」

外来へと向かう長い廊下で。思いっきり思惑に沈んで歩いていた将がはっとして後の竜也を振り返る。

苦笑いの竜也に「どしたんだ?」と言われても、答える事は出来なかった。

一歩一歩が重い。

竜也の数メートル後ろには亮と竹巳の姿…、そう言えば、この前もここへ来た時この二人に会ったっけ…

まさか毎日根岸先輩の所で喝上げを…・なんて考えて、

何となく目に入った亮の顏に、ふとした疑問が浮んで消える。


さっきの…。

本当にこの人は何も見て無いのだろうか?

本当に…知らないのだろうか…・


悪態をつきながらも、彼が心底竜也を憎んでる訳じゃない事は将にも分かっていたけど。

一抹の不安が胸を焼いた。







「藤村さんの退院祝いに呼ばれたから。」

ここの所、珍しく家族が揃った夜の食卓で、そう言った竜也の声に克朗が新聞をのける。

「へぇー!いついつ?」誰より早く口を開くのはやっぱり誠二。

「今週の土曜。」

「そうか、じゃあ何か用意しないと。」

「いいんですよ、こっちは世話を妬いただけなんですから、喜ばせなくたって。」

悦ばせてた癖に。

そんなフレーズが一瞬にして頭に浮んでしまい、一見ごく普通の会話にさえむせそうになる将に。

軽く嘲笑する亮。

「どにらにしろお邪魔になるしな…」と誠二の方をちらっと見て苦笑しながら、竜也に向き直る克朗。

「何やるんだって?」

「境内でバーベキューだって。」

「へぇーー。」何だかんだの中黙って聞いていた竹巳も、それには嬉しそうに顔を上げていた。


「そ−言えばお母さん。」

「何だ将?」

「おじいちゃんは?」

−−−−−−−−−。

静まり返る食卓。

「そこにいるだろ。」

ニコニコといつも祖父桐原が座っていた上座を向いて答える…が。

「えっ!?…っとぉ・・・。」

誰も居るわけなく。

助けを求める様に克朗の顔を見れば、目が会った途端ん?と言う顔をされ。

将、焦る。

「おいおい、まさか忘れちまったとか言うんじゃねーだろうな〜。」

と言う亮の声に、恐る恐る首を向ける将。

「話しただろう?将、先月また発作が出て、お父さんが出張中なのを良い事にいきなり俺の事…」

言いながら口元に指先を持って行く竜也の肩を克朗が軽く抱く。

「お母さん?」

「竜也、アレは事故だったんだから。…もう気にするなと言っただろう。」

「…おとーさん?」

「お祖父ちゃんだったら、ちゃんとそこの桜の下にいるから。」

早く食べようよと竹巳の声。

xxxーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!

声にならない悲鳴を上げて中腰を上げながら、上座の向うの窓に見える桜を見ながら将がぺタンと席に付くのを見計らって、

「じゃ、いっただきまーーす!」

と元気な誠二の声が響いていた。





「チ…」


「おい、ポチ」

「ぽーーーーちっ!」

ぴんっとおでこに跳ねたデコピンに我に返れば、目の前には串に刺さった焼き海老を持ったシゲの姿。

「あ、ごめ、お父さん…。」

気付けば夕暮れの空に立ち込める肉の焼けるイイ匂い。

「ほれ、」と渡された串焼きを受け取ると、

「退院おめでと…」と月並みな挨拶をかわす。

アレ以来少し気まずい元親子。

シゲも将の様子に気付いていない訳じゃ無かったが、昔の様に真っ向から食って掛かって来る訳でも無い将の出方を暫く見ていたと言った感じでもあった。

良い風の吹く境内に座ると、向うの空の夕焼けが青に溶けて行く所で赤と青のコントラストは時間が止まった様だった。

隣に座りながらゆっくりと将の視線の先を伺うと、向こうで鉄板を仕切り争う翼とノリックの姿。その間から好きな物を勝手に突っ込む誠二と須釜さん。

それを隣で笑いながら焼けた物だけかっさらって行く竹巳。

「お前んトコの兄弟ハデやな。」

「うん。皆モテルしね。」

「そ〜かぁ?ま、俺にはかなわんやろうけど。」とぶつくさぬかすシゲにもお構いなしに、

暫くそれを遠くに見ていた将が、何やら明るい顔でこちらに振り返った。

「うん、本当、ウチの家族は色々凄いから。」

とイイ笑顔。

「?」

になりながらも「そか…。ウチのかみさんも負けとらんで」と笑って返す。

「お父さん今幸せ?」

「とーぜんやろ。お前はどうなん?」

「もちろん。」

「?」

ど−言う訳か、竜也との事に触れて来る気配の無い様子にほっとしながら、見ないウチに黒くなった息子の笑顔に疑問をのこしつつ…

「そーいや、タツボンどこいった?…お前のおとんと兄貴も見えんなぁ?」

とさっきから薄々感じていた事をぽつりと口にする。

「ほな花火取り行くし、ついでにちと見て来たるわ、」

と席を立とうとしたシゲの腕を将がぎゅっと掴む。

「何や。」

「いいよ、多分ウチに材料取りに行ったんだと思うし。」

「そかぁ?」

お父さん…ウチの家族ホント凄いんだから。声には出さずただ微笑んだ。





「亮…」

「んだよ。」

日の落ちた庭先で、冷凍庫の奥から出した鮭をのこぎりで切りながら。

「お前に留学の話が来てるんだが。」

ぎこを引いていた手は止める事なくそう言った克朗を亮が見る。

「留学ねえ。それで?」

「良い話なんだが、どうだ?」

「俺に出てけってか?」

「まさか。ただ、今の学校の提携よりはずっと良い待遇で受けられるし、お前前に…」

「…行ってもいーけど。そのかわり・・」

「亮…。」

手が止まる。

「何?」

「悪いが、竜也は渡せない。」

手を…引いてくれないか。

合わせた視線はいつもの様にたおやかで、しかし氷の様に冷たかった。

亮の背筋を一瞬ぞくりと寒い物が通り過ぎる。

ちょうどその時玄関へ出て来ていた竜也が、握ったドアのノブを音を立てない様に元に戻していた。

「今夜、ケリを付けといてくれ…」

そのまま亮の顏は見ずに、明るい口調に戻すと。切り分けた魚を亮の持ってた箱に入れ、通り過ぎザマに軽く肩を叩いて行った。






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当然ですが…フィクションです(−▽−;)ああ、桐監よ…






















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