世田谷物語
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階段を降りて行くと水の音が聞こえる。野菜を煮る湯の匂い。
開け放たれたキッチンへひょいと顔を出すと、緑色のエプロンをした後ろ姿に声をかける。
「おはよ−お母さん。」
「ああ、お早う将。」
振り向いたのは最近再婚して苗字が佐藤から「渋沢」に変わった母、竜也。
子供の事には多少口煩いが、基本的に清楚で世話好きする優しい人だ。(将には)
母と長男との確執が多少残るものの新しい家族は今の所上手くやっていた。
おはよーございまーす。と言いながら居間に駆け込む将の背中から竜也の声がかかる。
「そういえば。お父さん、誠二見ませんでした?」
リビングでお茶を飲んでいた克朗が新聞から顔をあげる。
「いや、見て無いが。まだ寝てるんじゃ無いか?」
「まだ?今日は朝練だって自分で言ってたのに…。」
将の左に座る父は元プロのサッカー選手で今は一流トレーナー。
目の前が次男の竹巳で、隣が長男の亮。
「じゃ、悪いけど亮君、ちょっと見て来てくれます?」
将の味噌汁を運びついでにそうさらっと言い捨てられて、コーヒーに口を含んでいた亮がぐっ咳き込みそうになる。
「ああーーん!!!?」さけんなっ。
「そ−言う事はあんたの仕事じゃないんすかね〜〜?お義母さん。」
ふん。
ふふん。
嫌な笑いで睨み合う両者。
「亮っ!何だその口の聞き方は。」
すかさず入る父の静止。
それを見てはんっ。とそっぽで眉をしかめる亮と、こちら側には軽い苦笑をむける母竜也。
わざわざ席を立って竜也に突っかかった亮を、竹巳がちらっと見ていた。
「じゃ、よろしく。」と肩をポンポン。そして向こうへ向いてた時とは打って変わった勝利の笑みでにっこりやられると、
「〜〜〜〜…!!!。」
亮の青筋が音を立てて張って行くのが判り、竜也以外の全員がそれぞれ視線をそらした。
「ああーーーもうっ、やってられっか!こんな役!!」
「三上、そんな事で森の10番が勤まると思っているのか!?」
−−−−−−!!
上座から聞こえて来たその声に一瞬静まり返る食卓。くるりとそちらに向くと腕を組んで誇る祖父桐原の姿。
「…おじーちゃんどーしたんです?ご飯ならさっき食べたでしょう?」
「何を言ってるんだ?笠井っ!?。」
「そーですよ、お父さん、」
「し、渋沢!!?」
ガツっ
と言う音と共に机の上にうっぷした祖父の頭にはまるいたんこぶ。
ちょうどその後ろでコーヒーポットを持った竜也が無表情で立っていた。
「皆んな、遅れますから。」
とその時。
ピンポー−ーン。となったチャイムに末っ子将が飛んで行く。
「はーーーい。あ、お早うございます。」
「おーっす。なあみず…じゃなかったおばさん居る?」
出たのはタツヤと同じ様にエプロン姿の隣のおば…黒川さんの奥さん。
小柄な美人なのに烈火のような性格の上、頭が良くて口が悪い。この辺じゃ有名な女帝だ。
「あ、はい。おかーさ…」「あいにく今、叔母は出かけておりまして。」
将を押し退ける様に出て行くと、さっとエプロンを取ってエリを整える。
「なーちっと黒酢かしてくんね〜?」
と言いながら、竜也の姿をじろりと一景。そして胸元に光るティファニーで止まる。
「へーーーいいのつけてんじゃん。ダンナから?」
「ええ…まあ。」
「ふ〜〜ん。」
と言いながら首の後ろに回す手首にロレックス。
笑顔の攻防。何が起こってるかさっぱり分かって無い将も隣で呑気ににこにこ。
「あとさー悪ィーんだけど、ハムと卵も切らしてて〜〜。」
「・・・。奥さん、昨日もそう言って樽ごと持って行った家のぬかみそ、」
「ああ、あれ。ちょっとすっぱかったんだよね〜。安いビール使って無い?」
「ビールは、使ってませんから、…もうおすみになりました?」
「あれ返して無かった?」
「ええ。」
「そーだっけ〜?」
朝から玄関では花火が散る。
「ああ、母さん。誠二いい加減不味いんじゃ無いか!?」
と奥から克朗の声がかかるまで攻防は続くのだった。
玄関に立ちふさがる2人の横を『くだらねー』とつぶやきながら亮が通り過ぎてく。後ろから竹巳も続く。
「いってらっしゃい。」
何時の間にか、最近近所に越して来た関西一家の話題で盛り上がっていた翼の横から、2人に気付いた竜也がひょいと顔を出す。
「…ども。」
「・・・・。」
会釈の竹巳と。シカトの亮。
「…。お前、あーゆうのは甘やかさない方がいいんじゃねーの?」2人の後ろ姿を見ながら幾分トーンを下げた声で翼に言われる。
それにはただ、困った顔で軽く微笑む竜也だった。
「ったくよーあの嫁。親父が甘やかすから付け上がる一方で、ロクなもんじゃ無いぜ。」そこの路地で落ち合った近藤にイライラと愚痴る。
「そーいやお前んトコ親父さん再婚したんだっけな−。」
「まーな。」
「すげー美人だって噂じゃねーの。」
「はっ、たいしたことねーよ」
「ふ〜ん。竹巳はどうよ?」
2人の後ろを笑いながら歩いていた竹巳へと振る。
「そーですね。ま、料理はまーまーかな。」
「へー。お前はママさんと上手くやってんだ。」
ばしっと後頭部に三上の平手が入るが、気にしない。
「別に嫌いって分けじゃないし。」
「へぇ〜じゃ今日からお前は俺の敵だから〜〜。」
と突っかかる亮に近藤と顔を見合わせ呆れながら笑う。
実母が亡くなってから前妻にも興味を示さなかった亮が、こんな風に家族の事を人に話するのは珍しい。
「何だかんだ言って上手くいってんじゃん。あいつも。」小声で耳打ちする近藤に竹巳がうなずいた。
それがここの所心配の種でもあったのだが。
そう。兄貴って、好きな子いじめるタイプなんだよね。表立っての人当たりはいい(親しくない系のみ)亮が、こうも地で付き合うと言うのはそれなりに心を許してるかもしれない…。
何て思いながら。
それでも園児のケンカみたいな二人のやり取りを見る度に、
…やっぱり考えすぎかな。
とも思ったり。
「んじゃーな。」
頭を上からくしゃっとやられて、はっと視線を戻すと。すぐ側に亮の顔があって慌てて一歩下がる。気付けば昇降口に付いていた。
「何ボケてんだよ。」
「あ、うん。そうだ、俺今日帰り遅くなるから先に帰ってて。」
「おー判った。」
じゃーなと手をあげると先で待っている近藤と反対側の階段へと昇って行く。
「・・・・・。」
血がつながってないからかもしれないけど。
兄弟と言うより、親友やもう一人の父親と言った方が早いかもしれない。
それなりに大事にされて来たと思う。
気もあうし、仲も良かったけど。
…けど、それだけじゃない。
俺は…ずっと彼が好きだった。
「タダイマ。」戸をあけても返事はなかった。
鍵は開いていたのに、留守の様に静かな家の中。
ったくだらしねーなあのヤロー…。
台所によって冷蔵庫から麦茶を出してると、座敷きの方から微かな物音がした。
・・・・。
聞き間違い?では無さそうだと。念のため足音を立てない様にそっと廊下を歩いて行くと…
いた。
椅子の上に背伸びしながらタンスの上の箱を取り出そうとする竜也の後ろ姿。
ふ〜〜ん。
我知らず唇が笑みの形を取って行く。
「何してんの?」「!!」
「ああ、亮君。」
驚きはしたが手先の箱ががたんとズレただけだった。
「何か食うもんねー?」
「ああ、冷蔵庫に…。」
と無理な姿勢から振り向く竜也の腕の先で亮の視線が止まる。
「・・・・それ、」
「え?」
今竜也が手にしていたのは中位のくすんだエンジの木箱。
「俺の死んだ母親の化粧箱。」
まさかっ…だってこれは…と振り向いたその時、実はさっきから落ちそうになっていた上のでかい段ボールが、
竜也の上に落下して来た。
『嘘だよばーか。』
と心の中でくっくと笑う亮だが、はっと気付くと頭の上に竜也の姿。
「なっ!!?」
落ちて来た段ボールを抱え切れず、椅子ごと後ろへ倒れた竜也が荷物もろとも亮の上に落下したのだった。
「ーーーってぇーー・・!。」
「ただいまー。」と玄関を開けるが返事はなし。
鍵は開いていたのに…。
「不用心だな…」とがちゃっとノブを回して廊下へと上がると。
座敷きの敷き居からこけしが転がっている。
「?」
良く良く見ればあっちにもこっちにも、『あ、あれは昔俺が図工で作った…。』
皆まで考えない内に何が起こったか悟って座敷きに駆け込むと…
「お義母さん大丈…夫・・・」
そこには…。
義母の上に組み敷く様に重なった亮の姿。
そして無言でお互いの視線を絡ませる二人。
ーーーーー。自然に口元を手で抑えていた。
「うそ。」
去り際に引き戸にぶつかった腕ががたんと音を立てて気付かれる。後ろで「竹巳!?」
と自分を呼ぶ声が聞こえたが、再び止まれず玄関を飛び出した。
ドアを背に鼓動を押さえる。心臓が口から飛び出しそうで両手で顔を覆った。
例え誤解だといわれても。
それが本当であっても。
あの空気は…。
嫌だ。
大丈夫。大丈夫。
と言い聞かせながら足は門の外へと向いていた。
ぽかーん。と竹巳が凄い勢いで出て行った方を眺める二人だが。
「いってぇーーーー」
と何とか身体をお互いを剥がすと、それぞれ打ち付けた場所の痛みを堪えていた。
まったくとんだ災難だと…。
「…ちょっと、!!」
竜也が立とうとした瞬間にエプロンのヒモを引っ張られて再びこける様に畳の上に戻される。「なにすん…亮君?」
怪訝な顔で振り向くが、見返してくる顔は無表情だった。
「何?」
もう一度聞くが返事はない。
「ちっと。」
そう言うと、ゆっくり後ろから片を掴まれる。
背中に虫でも付いているのかと思った。だが、
だん、っという音が響いて瞬間焦点を失う。
次の瞬間見えたのは天上だっった。
「ー−ー−!!!」
自分の上に覆いかぶさり薄く笑む亮の顔が見えた。
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新しいパラレルの続き物です。(だからってこんなトコで止めんなよと…;)…続いてばっかでもうっ(><)
本人達ではなく、本人達が役を演じていると言う感じで読んで見てください。
女言葉にならないように敬語をつかわせるのが難しい…;;
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