サムシング
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やっと宿舎に帰りつき、東京と書かれたウエアを首から抜いた時は

もう夜が明けていた。

まるで悪夢のような一夜。

なのに心の中は何処か冷静で、

目蓋の上に、重い疲れが襲っていた。

ぼんやりとしながら、同じ部屋の面々がそうしている様に、自分も帰り支度を始める。


中断された試合。

駆け寄って行くコーチや自分の姿。

足下で地べたに張り付いたまま動かなくなったあいつの姿が

思わず目の奥に甦って、

…硬く目を閉じた。


「命には別状無ねーってな、」

後ろからかけられた声が、自分に向けられた物だと思わず、一拍遅れて振り向けば、歯ブラシをくわえた若菜が郭に

「今は聞きたく無いよ、」

と荷物でどかされて行く所だった。

「…ああ、そうだな。」

でもきっとこんなに平穏なのは、そのせいでは無くて、

ここに在るのは、不思議と嵐の後の静けさだった。


怒濤の日々。あいつと出会ってからずっと。


それがこうして今ぴったりと時を止めたのは偶然じゃ無い。

そんな気がした。

コレは確かに嫌な予感。

けれどそんな険しさは今何処にも無かった。

多分、戦う事になる。あいつは。今まで俺達が考えもしなかったものと。

明日も明後日も、ずっと隣にいると思っていたのに、

もう、居ない。

ただそれだけが、静かに胸を締め付けた。






「タツボン、」

短く切られた、けれどいつもの彼を失わない柔らかな声。

「シゲ…」

振り返ると後ろで覗く顔がふっと笑った。

隣に並んで廊下を歩き出す。

なんだか、懐かしい感触で。

まるで、文化祭がどうとか、最近どうとか、そんなたわい無い会話をしている様な気分になる。が…


「まあ、死なんでよかったわな…」

ぽつりと言われた、誰も言えなかった言葉。

「…ああ、」

そう言って前を向いた。

そして彼の横顔を、もう一度ちらりと伺う。


そんな場合じゃ無いのは分かっていたが…


あんな終わり方をしてしまったけど。

こいつとの決着はまだ付いていなかったのだ。



「裏切り者…」


もっと言い様はあったはずなのに

焼けた胸の内からかっとなった瞬間、出た言葉。

これを言ったのは2度目。


こいつは何とも思って無いのだろうか…

カザの事には必要最低限な情報を告げたるだけで、彼はいつもの口調。


「こっちの部屋、ポットは壊れとるわ、コーヒーはしけとるわ…タツボン?」

「ああ、」

「俺の顔がどうかしたん?」

「いや、別に。」

「そか?」


はっとして、視線をそらす竜也を、今日は珍しくからかわずただ苦笑していた。

「ぼーっとすんなや。」

「分かってる。」


聞きたいけど、聞けない。

言いたいことは山程あるのに、こいつを問い詰めたって何にもならない。

いつだって、何にも言わない。

必死になってる自分がバカみたいに思えて、いつも思い半ばで口をつぐまなくてはならない

あの苛立ち。


俺が思う程、お前は俺になんて興味は無い。

たったそれだけの事を認めるのに、俺は…こんなに時間がかかってしまったんだと…

やっと気が付いた。

そんな事、お前が出て行ったあの日からずっと分かっていたはずなのに。

また繰り返す、

悔しい…この気持ち。


負けるのはいつだって自分の方なのだと、言われてる様だった。

お前から近付いて来た癖に。

我侭で、強引で、そのくせ、向かって来るものからは何食わぬ顔して逃げてばかり。

無責任な…。

ガキ。


違う。子供なのは俺だ

ってお前は言いたいんだろう?

そしてきっと、実際そうなのだ。

いつだって正しいのはお前何だからな?世の中は、俺の知らない所できっとそうやって決まってるんだろ?





「…疲れたな。」

隣でぽつりと言った竜也の顔をシゲが覗く。ちょうどロビーへと出る階段の所で

くいっと踊り場へ腕を引っ張られた、

「…何だ?」

顔をあげると、頬に彼の手の感触。

軽くぽんっと叩かれた。

「アンタ、死にそうな顔しとったで?」

そんなんで顔出してみィ?

とロビーでざわめく面々の方をちらりと見ながら言われる。

「ただでさえしけってるっちゅう時に、その顔は最悪やで。みんなタツボンの機嫌であいつ(カザ)の具合伺っとるんやから…」

と竜也を死角になる様に壁際へと押しながら、少し背中をそらして自分だけロビーの様子を伺う。

「・・・。分かってる、大丈夫だから。」

何故かさっきから自分の顔を見ようともしない竜也に、シゲだって気付かない訳じゃ無かった。

自分の頭一個下の高さで、不自然に視線をそらす竜也に。思わず苦笑したくなる。


相変わらず…分かりやすいんやから…

見てるこっちが恥ずかしいわ…


本当に潔癖で。

白か黒かはっきり目に見えないと嫌なタイプの人間。

ああ、なんで俺はこんな奴に…


奴に…


「なあ、タツボン、」

「何だよ、」

なるべく無表情を装おって自分へと向けられた顔に。少し微笑む。

「・・・だから、何だよ。」

「あいつが戻って来るまで、俺がちゃんと面倒見てやるさかいv

なっ…!

とにっかり微笑んだ彼に腹に、次の瞬間竜也の拳が刺さっていた。

い…っーーーーー!


「何が面倒だ!!!」
「お前なんか、もうどこへでも行けばいいだろう!」

「タツボン、声でかいわっ」

咳き込みながら慌てて口を塞ごうとした腕をはじかれる。

見れば、

今にも噛み付きそうな顔で自分を睨む竜也。

牽制では無く、眉を寄せた必死の顔がどこか泣きそうに見えて

思わず、真顔でシゲも黙り込んでいた。


ゆっくり彼の肩に両手をまわすと、今度ははじかれず、そのまま視線をそらした竜也の頭をこんっと自分の胸に引き寄せた。


「タツボン、かんにんな…」

と溜め息。

「けど、男には言えん事もあるんや。」

ちょっと誇って言ったシゲを、上目ずかいの竜也が呆れて見ていたが…


「もうやらへんから、もっかい傍に置かしてくれへん?…」

と、こんとおでこをくっつければ、赤くなって逃げようとする身体を許さない。

「置いてやるのは俺の方だぞ、」

それにはクスっと笑って腰に回した腕を引き寄せる。


「シゲ…」こんな所で…とは言えなかった。

重なった柔らかな感触にぎゅっと目を閉じる。


体中が心臓になりながら、シゲの胸板を押し退けるが、構わず、耳の下をちゅっと吸われて

嫌な顔を向ける…

「不謹慎だぞ、」

「・・・・。」開口一番のそれに、相変わらずムードのないやっちゃな…と引きつりながら、

まだ腕は離さない。

「…離せよ」

「ほな、タツボン機嫌直った?」

にっこり微笑むが。

その途端、どんと引き離されて、


「今は…嫌だ。」と、それが本心からでは無く動揺から出た事等百も承知。だが…

「ええで。…ほな、あいつがもう一度ここへ(グランド)帰って来た時」

返事聞かせてな…


言われる。


ええで、今度は俺が追っかけてやっても。

本当は、もうとっくの昔から自分の物のハズだったのに…

と苦笑しながら


「判った、」

と濡れてしまった唇を拭いながら、自分を見据え、それから雑踏の中へと身を翻して行った背中を

見ていた。


ま、そ−言う所がボンらしくて、ええんやけどな。


それから、ふと真面目な顔に戻ると、

自分もまた、皆の待つロビーへと戻って行った。








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ちょっともっと竜也に優しくしてよね…藤村君よォ…(私に言われたく無いだろうけどよ…)
と言う願いをこめたドリーミングでした・・・ナハ(−▽−: 次は三水に戻ります…



















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