明楼藩家長(前)
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「なあ最近、ここら辺の失踪事件多いと思わん?」

「せやな」

「いいとこの子ばっか狙われて…君聞いとるん?」

「聞いとる聞いとる」と

前を過ぎて行く芸者に見とれて行くその緩みっぱなしの頬にノリックも「・・・・。」


「まあええけど。君も気を付けた方がいいんとちゃう?」

「アホ言え、狙われとるのは皆お嬢やで、俺を誰やと思うとるん。」

「せやな、…けど…」

「あいたっ」

椅子からぽんと飛び下りると同時にギッと引っ張られた頬を慌てて抑えながら、

隣の彼に非難の目も向けるが

「何でも、御黒屋が水野に商談持ちかけたらしいで。そんなぼーっとせんとしっかりせな、」

「ほお…、御黒がねえ…」




明治39年。東京。

社交政治の花盛り、

改革の波間を縫ってすかさず関西から進出してきた呉服問屋藤村の向いには、

のちにデパートと呼ばれる様になる大手物産店の水野の姿があった。




「で、水野は受けるんか?」

「さあ、そこまでは、なんせ今朝一で仕入れた情報や、今頃帝国(ホテル)のお座敷で宜しゅう進んどるのとちゃうの?」

首の後ろにくんだ手をうーんと伸ばして立ち上がりながら、ちらっと視線をくれれば

さっきとは打って変わった真剣な顔。

「どやろな…、水野もお気の毒に」

「?何でや?」

「御黒屋言うたら、東京屈指の製薬会社やけど。黒い噂が絶えんトコやで、」

「そんなん良く有る話しとちゃう…?僕が言ーとるのはな…」

「そーいや、今日はボン通らへんな、」


「ーーー!」

流石にそれには曇るノリックの顔。


藤村屋の14の若、藤村成樹が最近入れあげて居るのは

向いに立ってるライバル店、

水野屋の1人息子竜也なのだ。


本人は、大いに否定しているけど。

それまで、自分家はともかく、向いの店の事なんてとんと無関心だった彼が

先日のサッカー大会(前年玉蹴りから横文字へ名前を変えた蹴球)で、見初めて以来。

一度だって口を聞いた事も

会って話した事もないのに、

勝手なライバル視?を決め込み…

毎日毎日、母屋から店に向かう彼の姿を眺めちゃあ、こんな有り様なのだ。


「藤村ホンマ、患らっとるで、頭…」

同じ関西の商人つながりで、ここへ修行奉公に来てる光徳は、幼馴染みで、親友。


「何や、お前かてあんな中盤ウチのチームに欲しい言うとったやないか、」言うが、

「・・・・。」

呆れ…と言う顔で自分を見上げるその顔に、更にむかっ…

「君なあ…、遊女とか、敵のお嬢言うなら絵になるけど、坊ちゃんて何やねん…」


偉い一方通行やと思うで?


「な、何言うとんねん!誰が男なんかっ…頭ヤバイんはお前の方やで、ノリック。」

「何や、僕は心配したってるんに…」

「アホっ。やめや、鳥肌立つわ。」

俺を変態にするきか?と片手で蹴散らす若を見ながら、そーですか、と歩き出したその後を追う。


少し寂しそうに微笑んだ彼に

シゲが気付く事は無かったけど…

「なあそれよか、アイス食いいかへん?」

「ええなぁ…ほなあのメイドの居るトコ行こうや、」

「ええでーv」

と、呑気に赤レンガの通りを歩いてから数日後。


それは起こったのだった。






「藤村−!」

「何や、」

相変わらずの甚平姿で、座敷きに寝転んだ彼の元へ駆け込んで来たのは、

珍しく息を切らした光徳。

「窓、見てみい、」

「だから何や、」

「後ろの川で、焼死体が上がったんや。」

「!…」

「居なくなってた嬢の1人やそやで…」

その言葉にさすがの成樹も畳から起き上がって居た。

ぞっと背筋を冷たくするのは、同じ年頃の身内の存在。

そして同じ手口で消えて行った娘の行方…



「ここの姉さん方、京都におってほんまよかったな…」

「ああ…せや」



「かわいそやな…」


窓の外の人だかりを見ながら、暫く呆然となって居れば

横からちょいと袖を引っ張られ。

見れば、真険なノリックの顔。

「実はな、それでさっき、水野の奥さんが血相変えてお巡りに泣きついとるの見てもうたんやけど…」


「水野のボン、帰ってへんのやて…」


一瞬の間、凍る空気。だが。

「どん位?」

「もう3日。」

「まだ3日やろ…?」

「けど、ちょうど僕らがアイス食いに行った日や。…何か、因果めいてもうた思わん?」


「…・まさか、家出やろ」


ぽつりと言ってから、再び座敷きに座り込んだ成樹に、光徳も同じ目線へと座る。


「?…どないする?」

「どないも来ないも…」

「行くか?」

「行くって何所へ?何で俺が…?大体水野は…」

前を向けばふ〜ん?と覗き込むノリックの顔。

「ーーーーー。」

無言のまま見られて、

何や、と眉を寄せながら、空気に耐えかねてその場を立上がる。


「・・…ほな、ちょい薄荷買い行っとくるわ。」


「そか。」

答えたノリックを背に障子を閉めると

トントントンといつもの調子で階段を降りて行く音。

そして下駄を履くと、タバコ屋ヘの角をまがって、そして…


そこから藤村が出て来る気配は無かった。








「あんの変態共が、人のボンに何する気や!!」

14階立ての水野屋の裏路地を勢い良く駆けながら、

何所へ向かうとは誰にも知れず口を付いたその時、


「あの変態て、どの変態さんや?」

民家の塀の上からは、あの声。

「何やノリック、何しにきたんや。」

ストンと降りて来て、自分の前に立ちはだかったその影に、険しい顔を向ける。


「どこ行く気や?君、1人で何ができるん?」

「どきや。お前が来たら足手纏いや。」

「何言うとんねん。なーにが俺のタツボンや。」

「なっ、誰が…俺のなんて言うとらんわ!」

一瞬ひるんだシゲを腕組でフンと返す。

「聞こえたわ。」


口元に笑みを浮かべながら、嫌〜な感じで向かい合う二人。



「で、何で御黒屋思うたん?」

「何のことでっしゃろ。俺はただ薄荷買いに行こう思うとっただけやで?…」

「ふ〜ん、…ほな僕も麦茶買いにいかな…」

「そ〜か?」

ほな。

言いながら御黒屋とは全く逆の方へと歩き出した二人。




「最近な、御黒が西から連れて来たヤブ医者に、ちょい覚えがあったん。」

切り出したのはノリック。

「へぇ…そりゃ俺もや、何でも人の臓器の研究しとるとか聞いた事あってん。」

あん時もよう、若い娘が町から消えたわ…

「で、」

「で?」


「この前偶然な、空き地がぬかるんでたから他の場所でタマ蹴りしよ思うて、探しとったら。

あいつが空家からでかい油の缶もって出て来るトコ見てもうたん。」

「何でそれ警察にいわんかったん?」

「…それがな、言ったんやで、何度も…僕だけや無い、直樹かて一緒に…」



「ーーーー…。」


顔を見合わせる二人。

そして、その寸分後、

そのまま右の横ちょに曲がる振りをしたシゲが、ひょいと人ん家の石垣を飛び越えたのだ。


「落ち着け藤村ー!ボンは男やで!」

が、慌てて後を追をうとしたノリックの石垣の下には、ちゃんとシゲの姿。



「うるさいわ、…御黒の坊々息子言うたらな、二十歳も超えて嫁も取らんと、

貧民の子を金で買う、少年喰いで有名な糞ったれや…」





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全て曖昧な記憶だけで書いています、モロ間違いを見つけてしまった人は苦しいかも知れませんが、
…こらえてちょ…(--;)










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