若葉の頃
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窓際の茶パツ…


何となく

目を引いてしまうのは仕方なかった…

誰が見ても地毛だと判らない訳じゃない程度の物だったけど

同じ制服

同じ頭の並ぶ教室の中

自分の席の遠戚上に彼は座っていたから。

入学して2ヶ月

サッカー関係者で、推薦組の1人だとか…

ちらほらと聞こえて来る噂程度で、あいつの事を知る以外。

お互いそう話す方じゃ無ければ

友達も違ったし。

それ以上、特に興味を引かれると言う事も無かった。


時々遊びに来る藤代や

他のサッカー部連中は派手だったけど

顔に似合わずあいつ自身は至って地味な方で…

あいつの父親が監督だと言うのが、その理由の1つかどうかは知らなかったが

俺達一般生徒にとって、それは大した意味等持たなかったし、

人目を引くような事でもなかった。


へえ…サッカー部か、

すげーじゃん

けど大変だろーな…


自分の得意な物以外には余り興味を示さない進学校の面々は

その程度。

けどそれが返って奴には都合が良い様だった。

別に本人も萎縮してる訳では無かったが

自分のクラスより他のクラスの奴に

何となく目立ってしまう…

その色素の薄い茶パツのせいなのか

あの藤代とさえ並ぶ、ある種のスターダムが問題なのか

時折訪れる無神経な訪問者に秘かに眉をしかめて居た。


「へぇーじゃーあの人…つーか先生が水野の」


どの位繰り替えされたか判らない

進歩ないその質問に

『煩いな』

と思ったのは少なくても水野自身だけではなかった。

「なあ、お前んトコ今日コンパスねえ?」

「…?…おーあっけど」


唐突に沸いた苛立ちを押さえ切れず、

いかにもと言う感じで遮ってしまった自分に気付いたのは

幸いこちらを向いて居た水野だけで

ただ少し驚いた顔で俺を見て居た。


俺も又それを無表情で見返すと

すぐに振り向かしてしまった相手へと視線を戻した。

誰の為でも無い。助けた訳でも無い。お互いにそれを良く分かって居た。

特に会話も無いままただそれだけの事



今日も奴は窓際の前から2番目の席、頬杖を付きながら

外を眺めてる。







サッカー部な、今年ももめるだろーって

「へえ…」

「ああ、3年の引退か…」

そうそう…

夏休みが開けた頃

一緒に中等部から上がったダチと何となく交わしていた会話。

「一昨年だっけ?監督まで倒れたらしーじゃん」

「ああ…そういやな…」

…て言うか、そうか、あれがあいつの親父だったんだよな…

そんな事を思いながら

何でそんな仕事を引き受けてしまったのか

ざっと5キロは軽く有りそうな文化祭用の準備資料を抱えながら

夏が終ったばかりの昇降口をつっきっていた。

一面に全開になった校庭側の入り口から反対側へと熱風が吹き抜けて行く

ふと視線を凝らした校庭の向こうに

たった今円陣を崩した噂の彼等が別棟の水道へと駆けて行くのが見えて居た…

「お前運動部って入った事ある?」

「さあ…一応バスケ部だったけどね中一の頃…」

筋肉痛でやめた

うわ…」

「お前は?」

「俺は帰宅部だって、部活リレー出たんだぜ、帰宅部で」

「…最悪」

「どっちが」

くっと顔を見合わせるとお互いのへ嘲笑を漏らしながら

「じゃあな…」と軽いケリと共に俺だけが隣の棟への角を曲った瞬間、

勢い良く曲って来た誰かとぶつかったのだった…





「ってーな!」

と声を荒げた相手は

ちょうど向こうの棟から帰って来たばかりの先輩だった。

見た事ある顔だと思いつつ、名前までは思い出せず

投げ出された体の横には見事に散らばった白い

紙の束…

唖然としながら、それを見つめる自分のすぐ目の前で

頭の後ろを押さえながら起き上がったその人に

「すいません…」と身を起こした所瞬間、右股から腰にかけて走った射るような痛みに

思わず宙腰のまま固まった。

「大丈夫ですか?…」

今だのしかかったままと言うのもどうかと思いつつ、致仕方なく見上げるが

起き上がった先輩の興味は、既に俺より散らかりまくった周囲の惨状に

無言になって居た。


と、その時

「先輩!?…」と後ろから駆けて来た同じウエアを着た誰か、

近付いて、起き上がりかけた彼の背に手を貸すと「大丈夫です…か」と

言いかけた所で…

俺に気付いて動きを止めたのは、

あの、水野だった。



「よ…」

なんともみっともない格好を見られて苦笑する俺にやはり唖然としていたが…

その顔は見る見る険しくなると

今まで背を支えて居たその人に向けられたのだった。


「三上先輩…危ないじゃ無いですか…」

それは…

俺に対する気遣いなのか

先輩に対する心配なのか…


「ああ?っせーな、さわんじゃねーよ…」

と未だに痛むのか、しきりに自分の後頭部を押さえながら、

添えられた手を振りほどく。

彼にムッとなりながらも

こちらを見下ろす水野の視線は優しいとも親切とも言えず

ただ堅い表情が、今だ彼の上から動けずにいる自分を眺めていた…

何を考えているのか…

だが、しかし、ほんの一瞬だけ流れたその微妙な空気を断ち切る様に

「大丈夫か?」と、遠慮がちに二の腕を掴んで来た彼の腕を

今日ばかりはしっかりと捕まえて


「ああ、悪いけど…」足…


と、やや頭を下しながら小声でそう言った俺を

2人揃って動きを止めて見ていたのが、判った…



「送ろう…」

部屋が良い?保健室が良い?

練習帰りだと言うのに、書類を拾わせ

こことは全く逆の保健室まで往復させる…のは流石に気が引けたが…

結局、強がってここに転がっていても通行の邪魔になるだけで

自分から何か言い出せる訳も無く

彼の手を借りざるは得なかった。


肩を組んで、歩き出そうとした時

俺達とは反対へすっとすり抜けて行ったあの先輩を

水野がちらりと振り返っていた。


「大分打ったのか?…頭…」

「多分ね…こぶでなきゃいいけど…」

「…そうだな…根に持つ奴だからな」

何故その時、突然思い出したのか、判らなかったが

何となく浮んだその名前の故は…


「あの人が三上先輩?」

「ああ、知ってるか?」

「有名だからな…サッカー部」

「そうか…」

三上亮…一度思い出したその名の中に、ふと昔彼の名前を聞いた様な気がして

隣を覘くが、ただいつもの横顔がそこに有るだけだった。



可も無く不可も無く

ここ数カ月の水野竜也の評価と言えば

そんなものだと思う。


入学当初は随分目贔屓する教師も多かったが

そんな大人の打算等関係なしに、言いたい事を言うこの性格が

生意気で可愛く無い

優等生の水野君の名を、不動の物にしていた。

お陰で教師の評価と反比例する様に、周囲からの評判は

賛美も避難も平穏を保っていたが


そんな何もかもが彼に取ってはどうでも言い様に見えていた。


卒なくこなすクラスメートとの付き合いも

結局の所、誰ともそれ程親しいとは言えず

誰も頼らない彼の真意が何処に有るのか、誰にも判らなかった。

それでも、いつも、窓からグランドを見ながら

何故かもっとずっと遠くの空を見ているような、そんな感じ…


最もそれがなんであろうと自分の知った事でも無かったが

何もかも見え過ぎてしまうこの対角線の位置が

気持ちの良い物では無かった。



正直言えば、腹も…立つじゃ無いか

誰もこいつを嫌っては居ないのに

こいつは誰も好きではないのだ…



肩を組んだ横顔は、文字道り「顔の良い奴」の代表格みたいな作りだった。

黙っていると本当に石膏のように冷たい横顔。

クラスでは随分大人しそうにもしてるけど

すぐ寄せられるつり眉や、時々見せる言葉の端を見る限り

そうでも無いのは知っていた。


何故その時俺は口を開いてしまったのか

それは保健室まであと十数メートル、と言う距離だった。


「…水野、…親友居るか?」

当然驚いた顔が俺を振り返る

だが奴は顔色一つ変えずに

「ああ…」

と一つ答えただけだった。

「学校楽しいか?」

その問いには何故かふっと小さく笑うと

「それなりにね…」と俺の顔を見ながら

言った。









「じゃあ…、失礼しました」と

扉を閉じると、辺りはもうすっかり青く日が暮れて居た。


バカな事をした…と言う後悔が足の痛みよりも気を重くした。

俺はあいつに何を言わせたかったのか

あいつが俺達に何の興味も示さない決定的な理由を聞いただけだった

そんな事をして、どうする…

何となく分かっていた、あいつの世界が何処に有るか

空の向こうの親友が誰かなんてどうでも良かったが

『どうせそんな事だろうとは思っていた』と

腹立たしいのは

自分にか、あいつにか


ほんの少しも、俺達はお前にとって興味等無いのだろうか…

そしてそれが一体何の苛立ちなのか、

知る術も無く、そこで

考えるのを辞めた。


何だって俺が…

それもあるが本当を言えば

腹が鳴ったからだった…


そう、いいんだ別に人の事なんて

ちょうど夕食の時間に、部屋へ帰るより食道へ向かった方がいいかと考えて

職員玄関側の廊下を曲ったその

一番向こうの端に

今日二回目の彼等の姿を見つけたのだった。


三上先輩と…水野?…


向き合って何かを話してる様子の2人

さっきの頭の話しだろうか…

水野のセリフを思い出しながら、できたら謝っておきたい

などと思ったその一瞬の迷いが、ほんの半歩引き返してもとの廊下に戻る事を、

躊躇させたのだった。


話し終ってこちらへ来ようとした水野の後ろから、突然回った先輩の腕、

そのまま髪を掴む様に後ろへ引っ張られ…

と思った瞬間


確かに重なった2人の…

水野は逆らわなかった、そのまま差し出されるままに

そこで時をとめる2人。



我に戻った時は、しっかり曲り角の手前の壁に背を付けて、

息を潜めていた。


………。


何も見なかった事にしよう…

思いながら、もう一度顔だけ出して覘くと

もうそこには誰も居なかった。



「それなり…」ね…


夕食のカレーの匂いが漂う廊下へ着いた頃

微かに熱い耳の下の頬以外

もうどうでも良くなっていた。


誰だって、つまらない教室の授業よりは彼氏

(彼氏とは言え…)の見える校庭の方が

多分何歩かマシだと…思うだろうから…





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語り手は特に誰でも無い人…すいません適当じゃった…


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