夏悼----------------------------------------------
その日、空は高くて
夏だと言うのに雲一つない紺碧の空が音も無く晴れ渡っていた。
踏み出したアスファルトから返って来る熱さが体力を奪って行く。
まったく。
あいつは夏となると面倒がって家から出様ともしない、
いつも30分以上かけて駅の向こうへと行くのは自分の方だった。
珍しく渇いた風が後ろから背を押して、
息を吸い込む。
秋が近いのかも知れなかった。
その時、すぐ前の路地から飛び出して来た後ろ姿があいつに見えて、
『三上…』と言いかけ、な分けないかと飲み込む。
最近自分くらいの中肉中背の黒髪を見るとつい、
心の中でその名を反読するのが癖になっていた。
全く、こう熱いと病状は悪くなる一歩で…
道を行けば、右の空き地のひまわりはもう枯れていて茶色くなった花弁の真ん中にびっしりと種を付けて首をもたげていた。
それさえも今は無感動に終わる。
なんせ今日と言う今日は、全てが蜃気楼の中に溶けて行く様な熱さ。
どこへ行っても同じ温度で発熱し続けるアスファルトの道は、歩いても歩いても終わる気配を見せず。
「あ」
突き当たりの道を女連れが通り過ぎて行く。男は
シゲだった…。
・・・・またノリっくとか言う関西の彼氏に半殺しになる癖に。
遠くなった後ろ姿をもう一度確認してから再び歩き出す。
1年中で最も明るい季節。
全ての息吹が天を仰いで背筋を伸ばす。
幸福な…時。
駅を越えたところで、ぴたりと竜也の足が止まった。
さわさわと降る木漏れ日の下。日なたへとのびた自分の影をしばし見つめたまま…
どうして急にそんな事になったのか、
竜也自身にも分からない。
ただその時、急激な不安に襲われて。
右を向けばフェンスの向こうを駆け回る子供達。
この公園の並木道を越えて行けばすぐそこが三上の家だった。
なのに。
四十九日繰り返し歩いたこの道の、
今日は何かが違ったのだ。
吹き抜ける熱風が竜也の胸に風穴をあけて吹きすさんで行く様だった。
一瞬にして世界が崩れていく音。
そこにある全てと言う全ての景色からポッカリとはみだした様に、彼は今そこにたった独りで立っていた。
もう居ないのに。
この先にはもう何も無いのに。
あいつはとっくに…。
通い続けた道。
それは孤独へと続いていた道。
見上げた空には雲一つなくて。
彼の知らない内に夏は終わろうとしていた。
再び始まろうとする季節の巡回が忍び寄って居た事を、竜也はその時始めて思い出したのだった。
余りの衝撃に立っている事すら出来ずに、並木の花壇へと崩れる様に座り込む。
一つだって果たされなかった
この夏の約束。
あの日。黒の正装をした三上のおばさんが、竜也に黙って差し出してくれた映画のチケットは、
今も変わらず2枚揃ってその拳の中に握られていた。
「あの子の机の中にあったから…」これは多分あなたにと…
知っていたけど。
知らなかった。
二度と会えなくなると言う事がこんな風に訪れるだなんて…。
どの位経っていたのか、やがて白熱の日の光がオレンジ色の夕日に変わる頃。
一匹の黒い猫が竜也の腰に摩りよって来た。
ぼおっとしながら目線をくれただけの竜也に一声鳴くと、
お構い無しに膝の上に乗って来て、丸まりこむと静かに寝息を立て始めた。
・・・・・。
その時、
同時に吹き抜けた風に香ったコロンの匂いに、はっとなった竜也が驚いた顔をで空を仰ぐ。
「お前…なのか?」
誰にも向けず、空へと呟かれた声。
通りすがったクラスメートが、
花壇の上で俯く竜也の姿を見つけた時。
彼の体は既に冷たくなっていた。
「どうかした?」
「や、」
と後ろを振り向いたシゲに隣の彼女が問えば。
「今知り合い見たいのが向こう歩いてったんやけど…」
「うん?」
「透けとった様な気してな…」
「…マジで?」うわっとなった顔で覗かれて、
気のせいやな。といいながら、時折こむづかしい顔を浮かべ、歩き出したのだった。
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何となくで、読んで頂けるといいかな…と(^^;)
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