トレイン2.5
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廊下へと出た瞬間

目の前を通り過ぎて行ったその影に

思わず竜也の足が止まっていた。


佐藤…成樹…


相変わらず派手な金髪がふっと尾を引いて目の前を流れて行く。

はっとなって思わずその背を追っていた視線が、

何かを思い出した様に反らされて…

そのまま昇降口へは明らかに遠いもう一つの階段へと、歩き出して足が向いて居たのだった。



裏切り者…

お前にはがっかりだ…




悪いのは、信じた自分なんだろうか

忘れようとすればする程、しつこく頭に甦る

つい先日のあの光景…


よく判った

それがお前なんだと

何でもいい加減で

口先ばっかり

女にも男にも同じ、


今度の事で俺がどんなに…

否、

違う

どちらにせよ

もう、お前とは関わらないと、決めた…

どうせお前になんて、恨む程の価値も無い。


やめようもう…


そんな事を並べたところで、そんなものは、

みっともないだけ…

お前は俺の事等、何とも思って無いのだから、





振り切る様に顔をあげると

そこにはいつもの景色が流れて居た。



家の改築が長引いて、ここ1月程の駅4つ向こうからの電車通いも

やっと板に付いてきた頃。

色々あったお陰で、そんな面倒臭さなどすっかり忘れていたけど…

何故か今日に限って嫌な事は重なる物で、

下車駅の2つ手前と言う所で、急行接続の為の8分間の停車を告げるアナウンスが流れたのだった。


「・・・・!」


時間はすっかり夕方始めのラッシュアワー

あっと言う間にガラス越しに付けて居た肩は身体ごと潰されて、

車内の乗車率は100を超えた。


まあ朝に比べたらマシな方か…

思いながら

身じろぎすら出来ない圧力に只ひたすら発車時刻を待っていた。


その時

顎に当る冷たい感触

「?」


視線を下せばそれは人の手で、

顔をあげると

そこには…ちょうど目の前に

見知らぬ女が自分を見下げて来ていた。

年は15、6か…、始めからそうなのか、はいてるヒールのせいなのか

自分よりも優に10センチは高い背丈、

そして大きな目。

化粧のせいなのか、それとも整った顔立ちのせいなのか、年の頃よりずっと大人びて見えていたけど


自分に、似ている…?…

一瞬、押しつぶされてる四枝の痛み等すっかり忘れて、彼女と向き合っていたが、

「何か…」と竜也の口が言葉を辿ろうとした瞬間

「この子、タツボンじゃない?」と響いた声が遮った

同時に自分の後ろへと飛んだ女の視線…


「タツボン?誰?……ああ、マジで?」

頭の真後ろから驚く程近くで響いた男の声に、驚く間も無いまま

動かないと思っていた肩を思いきり引かれたと思えば

肩口からぬっと顔を出した同じ様に見知らぬ男…

短い金パに日焼けした顔、色眼をかけて顎に薄茶の短いヒゲをはやしていた

肩にかかる手の大きさから、相手のでかさは優に想像出来たけど


怪訝な顔で見返す竜也の顔をじっと見渡すと

「ホントだ…」

と言って破顔した。


「あんたがあたしに似てるって見せて来た、あんたの弟の写真の子、」

弟?

「あ〜…違うちがう、弟じゃなくってダチよダチ」

「はあ?違うの?…ってさ…中学生じゃん、…何してんの?」

「してねーよ、ゲ−センで拾ったの」

「やめてよちょっと…」

「だから違うつってんじゃん…ねえ」

と、何の意味も判らない2人の問答に嫌そうな顏をして押し黙る竜也にもお構い無しに

合図ちを求めて来る

やがて、困った様に眉を潜める竜也を見た女が

「話しなよ」と言わんばかりに、男に視線で促して…


「シゲって…、サトウシゲキってしってる?」と…

「ーーー!」

思わず、上を見上げた竜也に「おっ」と感触を得て

続きを切り出す。

「俺ダチなんだけど、あれでしょ、君サッカーの子」

若く見えたカップルだったが、男の方は前にいる彼女よりも幾分年上そうで、

落ち着いた声でまるで諭す様にゆっくり話す。

「…・・。」

暫く、迷ってからゆっくり頷いた竜也に

やっと「どーも」と同等の挨拶を交わしていた。

「あいつ俺の家よく来るんだ、金も貸してるし…」

「はあ…」


あいつの話しなんて、ただでさえ聞きたく無い時に

しかもこんな…立ち入った事なんて

知りたくも…無い。

決まり悪そうに視線を反らした竜也に

後ろでは心無し肩を竦めた様な気配



「もしかして、嫌われてる?…俺怖い?」

「つーか、シゲを嫌いなんじゃ無いの…」


突然耳に飛び込んで来た頭上の小声に

思わず顔をあげてしまったのは…失敗だと判っていたけど…


「真面目そうだもん」

見上げた自分と目が合いながら、彼女は嫌味と言う訳でも無くさらりとそう言った。

「マジで?否でも、あいつは結構…、」笑いながら「それせつねーんだけど」と

やはり竜也を見ながら、笑いを堪えつつそう言う

「・・・・・。」



だから?



だから何が言いたいと言うのか、

目の前の2人がどうこう何て問題じゃ無い。


だから俺とシゲがいずれはどうにかなるとでも言うのか?

言いたいのか?


早く電車が走り出すのを祈るしか無かった。

彼等は一体…

何の為に今日俺と会う必要が会ったのか

運命なんて、言葉すらうさん臭いけど

もしも在って、それが誰かの仕業であるなら


呪いたい…と思った。

シゲの事なんかで余計な労途を負うのは…もう

沢山だった。

思いながら、再び窓の外に反らした視線。

頭上の声等聞こえなかったけど

窓の外だって本当は見ていなかった。




「あの人、モデルなんだよ…」


再び後ろの両肩にかかった重みに、はっとなって振り向けば

あの男、

降りてしまったのか、彼女の姿はもう無かった。

そしてたった今扉の閉まった駅の名前にぎょっとする

降りる駅を5つも過ぎたその駅は、この電車の切り替え駅でもあったのだ


ここからこの電車は急行に変わる

次の駅まで約20分

もし上りの急行が捕まらなければ戻って来るのに

1時間近くはかかる。

だが

「どうかした?」と

心無し顔色を変える竜也に向けられる視線に気付いて

「いえ…」と…

車内の中は相変わらず混んでいた。

さっき程までとは行かないが

身体の向きをかえられる程では無い。


何となく、居心地の悪さを感じながらも

後ろの彼を気にしていた時


くっと…


それは確かに、微かな

…笑い声?


「名前竜也君だっけ?」

「…ええ、まあ…」

「宜しくね…」

「どうも」


どうみてもあまり好意的ではない自分に、彼も又この時間を持て余してるのか

ごそごそと後ろで荷物を探りながら、なんて言ない会話を持ちかけて来る…

いるのだと…

思っていた

その時

「これ、シゲの借金(電車賃)分ね…」

確かにそう聞こえたと同時に


突然、後ろから何かで塞がれた口元…

「なんでもない、いいから吸ってみ」

慌ててもがこうとする竜也に後ろから響く声、

息を吸ったのは口を塞がれたからで、言われたからでは無かったが、


瞬間、強烈な目眩。


アルコールが頭に回ったあの時よりも

何倍もの速さで心臓が脈を打つのが判った。

末端の神経がじわじわ死滅して行くようなのに、体温だけが上がり続けて行く感じ


「大丈夫、一応合法だからさ」

聞こえる声はもう虚ろだった。


とにかく…ここで

気を失う…訳には…


窓ガラスに両手を付く自分


「…った…事ある?…からさ…」

途切れ途切れに聞こえる相手の声に

口元を塞ぐその手を振り切ろうと、緩く頭を振るが



「…っジで…死ぬ程イイいって…」


そう聞こえた声が最後だった。

肩ごしに振り向いた竜也に、銀色の包みを持った顔が悪びれも無く、笑っていた。











「こいつなんつーの?」

「…っ!…何人のもん、」


たまたま対戦ゲームで終電を乗り過ごしたガキンチョを泊めたのは…

ヒマだったから…以外にあるとすれば、ほんの出来心だった。

まさか、中坊だと知ったのは、ジャケットのポケットから出て来た生徒手帳を見てからだったけど…

その時こぼれた写真の中に、丁度それを見つけたのだった。


「この子俺の彼女に似てんだけど…」

後ろの方に、偶然ちょこんとのっていた真ん中で分けたタレ目の子、

マジで兄弟じゃねーか?と笑いながら軽い気持ちで取り上げてると、

自分の声に気付いた奴が、凄い剣幕で引ったくって行ったのだった。

「マジで、ちっと見してよ…」

と笑ってごまかす自分にも、愛想の一つも付かず

「人の荷物になにしとったん?」とムキになって怒る

「してねーよ、ハンガーにかけてやろーとしたら落ちたの、…嫌なら調べてみろよ」


「…・・・。」

疑いの眼差しになりながら、

手の中の写真を見直すと

「…ああ、タツボンな…」と呟いたのだった


「タツボン?」

「そ、俺のダチや…」

「へぇ〜、マジで似てんだけど…アサミつってさーモデルやってんだよ。ギャル系とかじゃなくてさ…ちゃんと雑誌出てんだぜ」

JJとかはまだだけどさ、その内出るぜ…この前…なんつったかなー…専属になって


「…なら違うわ、こいつ一人っ子のボンやから」


喋り続ける俺をそう遮った声が

やっと、その時笑みを漏らしたのだった。


…うわ、すっげ−ガキくさ…思いながら、美人の話しをさておき

同級生男子を熱弁しちゃったそいつに、思わず苦笑したのを覚えてる










学生服の裾が長い事に感謝しながら、上着から出ない位置まで下着ごとズボンを降ろす

ガラスに映る本人の顔は、既に恍惚としていて

無防備に上がりそうになる声にさえ気をつければ、抵抗等されそうな気配は全く無かった。

誰にも気付かれない位置で尻の下に平手を仰向けに滑り込ませると、腰から背筋がヒクリと揺れた。

まだ女の様に軟らかい肉の合間に、迷わず一本指を埋め込むと

がたんとガラスに額をぶつけて俯いたのを見ながら、そのまま奥まで指をすすめると

震えた腰が酷く強張った。

恐ろしく熱い彼の中はもう十分濡れていて、自分の指にめい一杯吸い付く、

ちゅっ…と小さく漏れた音もすぐに揺れる電車の音に消えて行った。

ああ、あの金パの坊との付き合いもここまでかもなぁ…

思いながら、

ゆっくりと出し入れするだけで、今にも崩れそうになる背中を前に、

この細く狭い脈動の中にぶち込めるなら、それでもいいかも知れないと

思う程だった。


ガラスに映る顔はさっき嗅がせたハンカチを加えながら

まだ殆ど何もしていないと言うのにもう失心寸前で、

そっと指を抜くと

静かに瞳を閉じていた。






多分意識があったのは最初のあの瞬間まで


嫌なのか

嫌じゃ無いのか

すら判らない

ただ、まるでスタンガンの電極が身体の端と端に付いた様な衝撃が背筋を貫いて行った

と言う事だけが確か、

自分の前を押さえていた手の包みがとっさにきつくなり

耳の後ろで小さな声が聞こえた声に、

何かを言い返していただけ…

欲しい…と

痛みだった知覚がやがて壊れて

頭の中が何も考えられなくなって行く

随分ある身長さのせいで、それが中に入って来ようとするだけで

下から上へと向く衝撃に一体何度…

死んだか…


それは文字通り死ぬ程…

としか言い様が無かったのかも…しれない












どこからか、車内のアナウンスが聞こえていた

続いて、人の波…空気の流れ

ずっと

まるで何処か狭い場所に押し込められていた様な身体の圧迫が

ふっと消えて、空に身体が投げ出されようとした瞬間


自分を呼ぶ

懐かしい様な…憎たらしい

あの声を、

聞いた気がしたのだった。









目をあけると、

そこには

乗り過ごしたはずの、駅のホームだった。


「お、気付たかい?」

と上から見下ろしたのは


カイロを持った、ただの…駅員

起き上がるのを親切に手伝ってもらうと、

寝ていた椅子に座って辺りを見回す

「大丈夫?」と聞かれて「大丈夫です」と…

確かに気分は少しも悪く無かったから

「さっきの接続の時貧血で倒れたらしくてね、男の子が背負って来たんだよ…」

驚いたけど…

と苦笑する駅員に、「すいません」と何故か自分があやまる始末

一体誰が…

そんな事を、思いながら

「どんな人だったんですか?」

と聞いた自分に、はっと反対側のホームを振り向いて

「ほらあの…」と言いかけた彼の語尾を遮って入って来た電車の向こう、

確かに見えたのは、あの…


金髪




「タツボンっ」

そう響いた声だけが耳の奥に残っていた。


そして目をあける最後に額に落ちた温もりをまだ…

彼が知る事は無かった。







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前半が大変くどくて申し訳ないです。以前ボツった話しを再利用して修正しなかったのでダブっています…




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