TORSO
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「親父のやつ、また昨日来て勝手な事………。」

「ふ〜〜ん」

気の無い返事。

自分に背中を向け肩ひじを尽きながら雑誌をめくる。

何時の間にか不機嫌の三上。

ついさっきまで、普通に会話を交わしていたのに。

それに気付いたのか竜也もちょっと押し黙る。

「・・・・?」

「…タッチャンさあ。」

めくるページの音と一緒に気だるそうに彼が口を開いた。

「何だよ。気色悪いな。」

「あんた今日何しにここ来たの?」

「何って…?」

「もうすぐ渋沢帰ってくんだけど。」

何って…会いに来たに決まってるだろ…。と。

けど、

言える竜也では無く。

何言って…って言ーか。何を怒り出したのか見当も付かない。

「来ちゃ悪いかよ!」

ちょっと怪訝になりながらベットの縁に背を持たれて座ったまま、三上の様子を伺うが。

返事は無く。

時計の秒針の音だけが部屋に響いていた。

「時間ねーんだけど。」しばしの沈黙の後三上が切り出す。

そういって顔だけ肩の裾からちらっと振り向いた三上は無表情だったが。

タツヤの顔を伺いながら唇が笑みの形を取って行く。

「パパの事なんかよりさ。イイ事しねえ?」

「・・・・。」

絶句の水野竜也。

付き合って。2週間。


今日ここに来る時からずっと。この事を頭に入れて来なかった訳じゃ無いが。

初めての分けじゃ無いし。

大体こいつとすら初めてじゃ無いって言うのに。

雑誌を閉じてゆっくりとこちらに体ごと向き返る三上の仕草一つ一つ。

向けられる視線に体が強張った。

それに気付いたか、彼が喉の奥で笑ったのが分って、

ぐっと見返す視線に反抗の色を込めるが。

それもふっと鼻で笑うとかまわず三上がかぶさって来た。

背にしていたベットへ上半身が自然とせりあがり、そして柔らかな感触の上に背中が沈む。

胸板が重なる感触。続けて重みが落ちて来た。肩口に顔が埋まると

三上の匂いがする。肌の匂い髪の匂い。服の匂いも不思議と彼だけの物が存在した。

懐かしい。

ふとそんなふうに思った。

自然と竜也の手がその背に回り……が。

三上は動かない。

暫く重なったままその体温だけを感じていた。


ちょっと顔を上げた三上が竜也を見て「アレ」と言った。

アレって?


近すぎて顔の表情がよく汲めなかったが、笑ってはいなかった。

軽く視線で促された方を見ると。

すっかりカーテンを閉め忘れていた窓から、向き合った白い建物が丸見えで。

丁度向いの部屋には何と。

桐原監督の姿。

「ちょっ!!!」

ほんのりと上気していた頬から顔色が消える。

起き上がろうとしたのを上から押さえられた。

「見つかるぜ…。」耳もとでささやかれる声。

「何考えてんだよ。」

くっくと笑う声。

「帰る!」

と竜也がもがくが、やっぱり許して貰えない。

「向こーからは見えてねーって。」

やろうぜ。

一言だった。

信じられないと言う顔で見上げて来る竜也に、自信げな笑みを返す。

「大丈夫」

と言って口付けるが。竜也はすぐにそっぽを向いた。

が、その反応に三上が薄く笑う。

やっぱり。な。


「俺がさあ、もし何かのはずみに監督の事殺しちゃったら。あんたどうする?」

はあ?と言う顔で振り向く竜也。

「…なワケないだろ。」

妙に神妙な顔でぼそりと漏らす様に言った三上の顏を、確かに一瞬焦った顔で覗き、それから平静を装った。

「あんたとは付き合っても。俺は監督の事までは好きになれねーよ。」

頬を撫でながら何時に無く真面目に、けれど虚ろに言い放つ三上を竜也は黙って見上げていた。

それからちょっと照れた気まずい顔になると。

「妬いたのか?」親父に??

と言って、ちょっと笑い。三上の首に腕を回しその頭を抱き寄せた。

「まーーね。」

引き寄せられた竜也の胸の上でその鼓動を聞きながら、

三上はそれだけ答えた。





知らない事は幸せだろうか?

幸せだろうか?

気付かなければそれは幸せには変わらない。

そんな事はわかってる。

誰かを責めたい分けじゃ無い。


ただ。もうそんなお前の姿を見ていたく無いだけ。







「ふ〜〜ん。で何で離婚したんだって?ま、聞かなくても判る気すっけどね〜。」

俺だってあんな親父ゴメンだぜ。

笠井竹巳は桐原監督の息子の同級生っていうヤツだった。

途中までは同じ小学校。

「5年の時に親が離婚して転校して行ったんですよ。」

ふ〜ん。

「サッカーは上手かったですけど。4年の終頃からぱったりチームの練習にこなくなって、そのまま転校して行っちゃいましたから。」

良く知らないんですけどね。俺も。

ふ〜〜ン。そいつが俺の10番をねえ〜〜。

それだけの話だった。

あいつに合うまでは。


「でもあいつ。俺の事覚えて無かったんですよ。何も。」

「お前嫌われてたんじゃねえ?」

「失礼な…。でも俺だけじゃ無くて。町であったチームの奴とかもシカトされたとか。」

ほ〜んと感じ悪いッスよね。

「そりゃ、あいつの息子だからな。」と今日も1年のワックスの掛け方が気に食わないらしく、

廊下で説教の監督をちらっと見る。

「…息子にもちょーキビシかったですけど。かなりのバカ入ってましたよ。」



記憶が無い。

そうでは無かった。

やつは覚えていた。

どーやって両親が離婚したか。

どっからどこに転校したか。

自分がチームに居た事も。


だがそこに実質が伴っていない事に気付き出したのは、何時だったか。

「笠井…ああ、あいつね。名前は覚えてたけど。」

いや。そう思い始めた時には既に何処かで気付いていたからかもしれない。








最近、目が醒めるとたまに酷い頭痛がするんだと言う。

竜也が言うのはそれだけだったが。

ただの頭痛では無い事に本人も気付いているらしかった。


たまに「変な夢だった…」と漏らす。

「どんなだよ?」

「…さあ。起きると忘れてるから。」

「ふーーん。」

覚えていても、言えるはずが無いと三上は思っていた。

「いっぺん病院行った方がいいんじゃねーの?」

「…ん?」と言う顔して竜也が三上の顏を見た。

「真面目に言ってんすけど。」

「・・・・。わかってるよ。」

疑ってんじゃねーよ。と軽く頬をつねられる。

顔を顰めたが、竜也はいつもの様に怒りはしなかった。

黙って三上の顏を見る。だが、何も言わずにまた視線をそらした。

横を向いたまま竜也がフッと口元だけで笑う。

その時、ふと右手に温もりを感じて下を向くと。緩くその手が握られていた。

驚いて、その顔を見るが俯いた頬を髪が流れて表情は見えなかった。

まだ人通りがあったにも関わらず。そのまま日の沈んだばかりの道を水野の家まで歩いた。

実際の所。自分が知ってる事を、竜也がどこまで気付いているのか三上にも判らなかった。

閉じ込めた程の記憶を取り戻したらどうなるか……。

例え容易に想像が付いても。その苦痛をこの身を持って体験する羽目になる何て事は。

考えたくも無かった。



悪魔。

本当にあいつを殺せたらいいのにな。

そうしないのは、それでもお前がアレヲ心底慕っているからだ。


憎みながら。それでもお前は許してイルノカ?

お前を犯した男。

親父を?

それとも悪魔を?



その日を境に。日に日に口数の減った竜也と。

それでも前と変わらぬ様に会っていた。

「お前。俺と居て楽しい?」

会う事3時間。やっと口を開いたかと思えば竜也がそんな事を言い出した。

「は?楽しーとかじゃねーだろ。」

「じゃあ何だよ?」

森の裏の公園でベンチに並ぶ。

何だよだあ !?…それを俺に言えってか?

例え事情を知っていてもその言い種はムカツいた。

「つーか。前から聞きたかったんだけどよ。」

「何?」

「俺が桐監殺したら。あんたどうする?」

「前も聞いたな。」

伏せめがちの視線のまま石膏の様に変化の無かった竜也が、目を見開いてこっちを見る。

「知って・・るのか?」

「何を?いーからちっと答えてよ。」

「・・・・・。」


「…口裏位は合わせてやるよ。」

微妙だな。おい。

「じゃあ崖からおちそうに…」「お前に決まってんだろ。」

そう言った時の顔が、いつもの彼に戻っていた。

「変なやつだな。」と呆れた顔で三上を見る。


「あんたがいればそれでいいよ。」

ふぃっと横を無きながら奴は確かにそう言った。

あっ気に取られた三上が今度は返事に詰まる。

「マジで?…」

竜也はそれ以上何も言わなかった。

だが、

「たまには場所変えよーぜ。」

そう言うと三上の手を掴みながら席を立つのだった。

立った瞬間、目の前に親子連れを発見してその手をぱっと放したが・・・。



「そりゃどーーも。」

と後ろからデビルスマイルで話し掛けると。

前を向きながら「嫌なやつだな」

と呟いたのが聞こえた。


それを聞いてまた含み笑い。

まあ、お前がそー言うなら。今回は見のがしてやっかな。




ねえ
パパ。





fin

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