ロストワールド
★後の正面と少しだけ続いています。
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初めに会ったのは、

卒業式の日だった。


教室を出て、もう再び通る事のない暗い昇降口を抜けると同時に、

「三上先輩!」と息を切らして駆け寄って来た後輩の笠井。

隣に並んで歩き出す。

「1年お別れですね、」

「まーな、しっかりやれよ。」
「どーせ今度はあのアホが頭なんだろ?末恐ろしいったらありゃしないね」

そんな事を話しながら門へと向かう。

長かったような。

否、長かったそうな3年間は。

俺には短かった。

卒業と言われても、しんみりする物も、思い浮かぶ事も何も無い。

ただ取りあえず過ごしただけの数カ月がそこにアルだけ。


別れを惜しむ者。笑顔で祝うもの。肩を抱き合う級友達を、何の感嘆も無く横目で見ながら通り過ぎていた。


あの日、病院のベットで目覚めてから、俺の中には十数年と言う穴が開いている。

知っているのは

自分の名前と。名門私立に通っている、サッカー部員だと言う事だけで。

他には何も無い。

それすら、人に教えられただけで、真実を確かめる術すら俺は持たなかった。

空白の14年。それが今の俺に取っての全てだった。


あれこれと世話を妬いてくれた同輩やチームメイトのお陰で、

こうして何食わぬ顔で俺はこの名門の門をくぐっているに過ぎない。

よりによって卒業まじかにこんな事になって、何とも味気の無い記念日を過ごしていた。


「でも最後の期末はいつも通りの成績でパスしたんでしょう?…先輩らしいですね」

「まーな、忘れたのは自分の事ぐれーだし。」どうやら他の雑踏は身体に染み付いてるみたいで。

「不便はねーよ。」

そう言った俺に、何故か、その時笠井は少し寂しそうに笑った。


そして、その時

「ああ、三上。」

後ろから来た渋沢と合流する。

「おめでとうございます三上先輩、」

と向こう側の隣りに並ぶあのクソ生意気なホクロの後輩が顔を覗かせて笑っていた。

「全く、散々いじめられたけど、忘れられちゃうと何かさみしいっすね〜!」

と嘆く顔に笑いながら鼻を潰す。

「おお、残念だなぁ〜。じゃあ是非もう一度思い出を作りなおさねぇと、なあ?」

「いや、結構ッスよ。」と負けずに俺へと伸ばして来た手と軽く取っ組み合う。

「三上、藤代。」

苦笑いで制止するこの渋沢の顔が、最近何故か懐かしく思えるのは、

良い徴候なのかも知れないと思っていた…。



門を出た所で、渋沢がフイに止まる。

「どうした?」と俺が聞く前に奴の声が遮った。

「水野、風祭、」

「?」知り合いか?

振り向いたそこにはあからさまに他校の制服を着た2人組。

「渋沢先輩、卒業おめでとうございます。…三上先輩も」

そう言ったチビに「有難う」と照れながら礼を言うと

二人の前へと俺の背を押して

「あー…三上、桜上水中の水野と風祭だ。2人供、俺ともお前とも知り合いで…サッカー部なんだ。」

「へぇ…」

「あ、どうも初めまして。」

無関心に見下げる俺にも、愛想で笑いながらそう言ったチビに比べて…

「どうも。」

思いっきり強張った、否、眉さえ顰めてそう言ったのは隣のタレ目。

『何だこいつ…』

見るからに生意気そうな奴だと…思った。

本当にこいつが知合い?

どーみても友好的には見えず。

「どーも。」

差し出された手をおざなりに握った瞬間、

渋沢とチビの空気がいっぺんに強張ったのが肌で判った。

何だと言うのかと前を見れば、

俺を噛み殺しそうな目で見据える水野とか言うタレ目の顔。


おい、こいつは何か?俺を殺し損ねた殺し屋か何かか?


とても握手するような仲の相手とは思えない。

だが、

一段と強く人の手を握り返してから、奴は静かに手を離した。

怪訝な顔をする俺に、何故か俯いて唇を噛む水野。

場の空気を保とうとチビが慌てて取り持ち、

渋沢は黙って困った顔をしながら俺を見ていた。







「しょうがないですよ、もう一度ゆっくり覚えて行きましょう…」

病院の帰り道。そう言って笠井が微笑んでから4ヶ月が立とうとしていた。

あの卒業式から1ヶ月。


「三上?」

「あー?」

「水野は桐原監督の御子息なんだ」

「マジで!?…あーそー言われっと似てっかもな、」

ムカつくトコとか、妙に偉そうなトコとか

「で、それが何か?」

こいつが余計な事を言う時は大抵俺の記憶に関わってる時だ、

でも最近それが、少々ウザったくなっていた。

あの親父に…あの息子ね。つまりどっちも俺に取って害有る人間に過ぎないって事だ。

「害…だけではないんだがな、特に…水野は…」

体育倉庫にボールの入った篭を押し込みながら、横顔のまま、奴がぽつりと言った。


「無いって、何だよ…」

そう聞いたが「今は、言えない。」と口をつぐんでいた。



嫌な予感を感じたのは

その時からだった。

記憶はなくしても、脳みそが欠けた訳じゃ無い。

もうこいつが俺に言いたい事位、よく分かっていた。



その日は突然やって来た。



連休で帰ったはいいが、親は相変わらず仕事で、暇をもて余しながらビデオでも借りようと、出かけた先で、

一歩店に踏み込んだ途端に後ろで走った稲妻。

そしてバラバラと大粒の雨がトタンを打つ音。

ーーーーー!

何故、その時そう思ったのか、だがその時、俺の頭の中はこの数分後に起こる出来事をはっきりと映していた。

フラッシュバックなんかじゃない。

コレは、これをなんと言うのか知らない。でも、

ゆっくりと後ろを振り向く。

今入って来たばかりの入り口のガラスの向こうには、暗い雲の下傘をさした人々が行き交っていた。


俺はコレを知っている。

そう、もうすぐここを、濡れ鼠のあいつが傘もささずに通りかかる。

そして声をかけた俺に立ち止まり…


俺以外の全ての人間が、時を止めていた。

何故今まで気付かなかったのだろう。

決して忘れないとあんなに強く願っていたのに。


あの日意識を失う前に確かに聞いた声。

帰らなくては、

その時、急にそう思った。

今ならまだ間に合うかも知れない。

あいつと俺、一体どちらの時間が正しいのだろうか、

どこからどう帰ればいいのか判りもしない癖に、つい「帰りたい」それだけが頭を占めて、

俺はとっさに、身を翻すと、道へと飛び出して行った。


だが、

そこに居たのは、

「水野…」

白いシャツを着た、濡れネズミのあいつ。

ぞっとする。「はやく…」と言葉を紡ぐが声にはならず、

そして、あの日のあの時と同じ様に俺を振り向くと

悲しそうに笑った。


もう間に合わない。

そう思って視線を伏せた俺の傍へ、あいつはすんなりと駆け寄って来た。

思わず俺は、来るはずのトラックを確認しようと振り向くが、

そこには何も…

無かった。

人も、車も、そして振っていた雨さえも何も…


ただ目の前でそんな俺を見て苦笑いするあいつだけが居た。


「気がついたんだな、」

「みてーだな。」

「よかった…って言ってやりたい所だけど…本当はちょっと…」

悔しいよ。

「そーか?俺もすぐに行くんじゃねえ?」

それには静かに首を振る。

「そんな事は俺がさせないよ。」

その為に残るんだから…。

「だったら俺も…」皆までは言えなかった

重なった唇は酷く冷たくて凍えていた。

頬を伝う涙も、抱き寄せた胸にはもう…鼓動は響いていなかった。


血の通わない身体。

だがその透けるような白さが何よりも綺麗に…見えた。


「忘れたら終りだったんだ。」

このままこの町に閉じ込められて、次の人生が始まってしまう。

「ぎりぎりで間に合ったな。」

「だから忘れねーつっただろ、」

「忘れた癖に。」

だが、言葉とは裏腹に、嬉しそうに、そして寂しそうに笑う…

「もう行った方がいい。」

「いや、お前がいかねーなら俺もいかねぇ。」

「…三上」

こんと自分の胸に頭を寄せたその身体を、

しっかりと抱き寄せようとした瞬間、

な!

後ろから何かにぐっと腕を捕まれて…







ぱちりと意識が戻ると、目の前には見知らぬおやじの顔があった。

「君、大丈夫か?」

「おい、こっちは生きてるぞ!」

生きている?

その言葉にすぐ隣に有るビニールシートの向こうを見ようとして、身を起こすが…止められる。

「君の名前は?」

「三上です…」

「三上君、君は上腕部と肋骨に骨折がアルから、動かない様に、」

隣には到着したパトカーから人が駆け込んでいた。

左の鼓膜は破けているらしく、音が遠い。

微かに上がる驚嘆の声。

自分についている消防士が少しは気をつかえと言いたげに、忌わしげに隣の喧噪をちらちらと振り返っていた。


そんなに酷いのだろうか…

せめて顔だけは綺麗に残してやって欲しい。

空を見上げながら、祈ったその時、

自分の視界を塞いだあいつの顔。


はあ!?


ぎょっとする。

「何やってるんだ、お前!自分から突っ込むなんて!」

半分泣きそうな顔がぺたんと俺のすぐ脇へと座り込む…

「運転手、腰から真っ二つだって…」


「!?」

じゃああれは、何だったんだ?


「んだよ…ちげーじゃんか…」

握られる手の体温を感じながら、

死にそうな顔をしている奴に微かに微笑むと、再び意識を失った。




何だ、もう少しだったのに。

眠りに落ちる寸前、破れたはずの左の耳の奥で響いた、あの声は。




『もう二度とあそこ1人で通ったらアカンで、』

そう(鏡の中の)シゲに忠告されたあの渡り廊下を、竜也がつい通りすがってしまったのを思い出したのは、

それから少し後だった。


「最近夢によ、出んだけど。」

見舞いに来た竜也の顏を見ながら、言いずらそうにその顔を凝視する三上の仕草が、

何もかも物語っている気がした。

「けど、やっぱあったかい方がいいわ」

そう言って、自分を引き寄せる三上に身を任せながら、胸に残る不安と一緒にその背中をただ強く抱き返していた。





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話しはとても古いもの。オチだけ後から付けたのでつじつまが…危ういです。そして意味不明箇所多発。
スイマセン…;迷いつつ…出してしまいました。













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