++ブラザー++
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良く晴れた夏休みの終り。

父と別れてから5年。

その日母が再婚を決めた。

俺は特に驚く訳でも無く、少しの労妬を抱えながらその日を待っていた。

見た感じ、「好ましい」とは言えなくても父に比べたら(母に取って)それなりに合格ラインの男で、

もう3年もすれば家を出て行くであろう自分にはさして害も興味もなかった…と言うのが本音かも知れない。

「いいんじゃない。母さんの好きにしなよ…。」

そう言った俺に、

「ありがとう…」と答えた笑顔は少し寂しそうだった。


ハズが…。



「たっちゃん、企業家の三上さんと、その息子さん。」


言われてみれば…似ている、あの髪、あの眉毛!
だけど性格は全然違った…ハズなのに…

気付いた時はもう遅かった。

なんでもっと早くつっこんでおかなかったのか。


「どーも。はじめま・・・」げっ!!。

既に視線を俯かせていた自分の3倍、向うは驚いて、全身と言う全身で自分を拒絶しているのが判った。

差し出された手が途中で止まっていて、その手を取るはずの俺の右手も空をさまよっていた。

「そうそうー、たっちゃんと亮君は同じ学校だったわね。」

「−−−−…!」

絶句。

彼は中学の時から因縁があった1コ上の先輩。高校進学と同時に彼がサッカーをやめたお陰で、

もう二度と、会う事も無いと思っていたのに…。

まさか…こいつが。不安よりずっと重い疲労感。

本当にこいつとやっていけるのだろうか…。

その時まではまだ、困惑しながらも、一つ苦手を克服するチャンスかも、なんて抱いていた微かな希望も。

だが、そんな心配はすぐに無用な物へと変わって行った。

いや、自分が考えていたよりそれがずっと根深い物だった事に気付かされたと言った方が正しいかも知れない。

竜也とは家の中で会っても視線も合わせなければ、必要以外口も効かないのに。表面上はいつだって竜也以外の家族には愛想の良いあいつ。


その日も又。

風呂から上がるとラップをかけた夕食を前に、母が疲れた顔で座っていた。

何度か、同じ場所で真理子が亮と向き合ったの知っている。だが。

問いつめたところで亮が本音を曝す訳は無く。真理子を傷つけない程度の言い訳で、するりと逃げるに決まっていた。

微かな苛立ち。

後、数年と言う年月。何故それを我慢出来ないと言うのか。

自分を育ててくれた人達の為に…何故。

子供じゃ無い。もう寂しいだの何だの。そんな事は蚊屋の外。孤独に嫉妬するようなそんな子供じみた我侭は許せなかった。

耐えているのは自分だって同じ事。


1人は部活と学校にあけくれる将来有望な真面目息子、1人は進学科の優等生ぶりながら家にも寄り付かず毎日街をぶらつくプチ家出息子。

いつの間にか、そんな構図が出来上がっていて、亮の足はとっくに家から遠のいていた。








「よお、三上。お前がコンパ来るなんてめずらしーじゃん。」嫌いじゃ無かったっけ〜?

放課後のカラオケボックス。

っぽんと頭に載せた手で、髪を掻き回して行くクラスメートにももはや無頓着。

ずるずると背もたれから落っこちて、椅子にふんぞり返りながらそれでも歌本を離さず読み続ける亮。

「つーかさ、こいつ全然やる気ねーの。歌聞き来てんだけだよ。」

「何で?」

「親が再婚して家帰りたくねーんだとよ。」

「あ、うっせー。」

テーブルのラインギリギリに、目から上だけ出してブ−たれる彼に

あはは。「何じゃそりゃ。」

とおしぼりが飛ぶ。

「あ、思い出した!お前アレだろ。水野竜也の兄貴になったんだっけ。」

「マジで!!?」

どっと起こる笑い声と、驚愕に。顔を顰めながらウーロン茶をストローで吸う。

「で?どーしてんの?」

「口効いてねー」

「マジ一ヶ月?」

「だろーな。」

「おい、お前いじめんなよ〜。」

「所で今日の女どーなの?」
「おー…」

口々に勝手な事を言う友達甲斐ゼロのクラスメートに悪態をつきながら、

ふらふらと人の家を渡り歩く生活が続いていた。

平日家に帰るのは、風呂とベットだけ。それでも亮にしては随分融通してやっている方だった。



それから数日後。


「んで、テメ−がここにいんだよ!」


すっかり通い馴れたその部屋の扉を開けた瞬間。暗黙の了解で自分の指定席となっていた一番奥の左角には、なんと竜也の姿。

激昂する自分を他所に、歌本片手に涼しい顔してアイスティーを吸っていた。

あっはっは。腹のそこから沸き上がる怒調の笑い。

目を合わさない周りをじろりと見回すと1人の少年で目が止まる。

「笠井。テメーの仕業か!?」

「何の事ですか?」

にこりとしながら真顔。

思い当たるのは一つ。一応彼氏の奴に黙って、2日前。奴のクソ友の設楽の家に泊まった事位。

わなわなと笠井に詰め寄ろうとした瞬間、

「先輩、話が有るんですけど。」左の端からかかるあいつの声。

「ああ?テメーに先輩呼ばわりされる覚えはねーんだよ。」

「じゃあ兄さん。」

超鳥肌。

声を上げて、中西が大爆笑した。

てめー殺すぞ。

あまりの発作に声にも出せず。

俺は無言で、ドアを開けると思いきり蹴り閉めた。

ヤロ〜共〜俺を裏切りやがって!

ぶっち切れたまま廊下を歩いて行くと、どんと誰かにぶつかった。

「ってーな。」「ああん?」

と肩ごしに顔を見合わせれば、

「あ、野崎先輩。」

「んだよ三上じゃん。」

中学時代、桐原監督と大喧嘩して部をやめてった。パワー系の大型FW。

「よう森っ子。あのじじいどうよ?」

「さあ、俺も部辞めたんで。」

「お、まじで?じゃ、暇だな。番ゴー教えて〜v」

ぐいっと肩を組まれる。

なにげな〜く、その手をはずさして。ど〜も。と笑えば。

「んだよ。」

と頭をぐしゃぐしゃと無でられる。

ま〜悪い先輩じゃなかったが。ちょっと気になる噂の持ち主で。

私立っ子ぽくないと言うか、スレ方がちんぴら、否とても進学校地味ていなくて桐監の気に障っていたらしい。

その甲斐あってか、今は近くの都立高校の制服が似合っている。

何があったか多くは知らないが、笑顔でじじいなんて言えるくらいだから、今の俺より傷は浅い訳だ。

結局メルアドレスを交換されて、

軽く挨拶しながらなんとか通り過ぎた。

歩き出してカウンターまでいかない内に、「よーマイブラザー!」

彼の声と後ろで奴らの悲鳴が聞こえる。(博愛者森っ子を襲撃)

ザマ−見ろ。と思いつつその日は結局。全ての気力をなくしてあえなく帰宅。






「亮君、お帰りなさい!」

嬉しそうな声。

見てる。見てやがる。

3人の夕食、視線は全部俺へと突き刺さる。

右を見ればニコニコされ。左を見れば「で?君どこの子だっけ〜?」

しかし楽しそうな親父の顔。

こんな所で飯が食えるか!!




「それにしても、たっちゃんが遅いなんて珍しいわね。」

11時を過ぎた頃。風呂から上がって来た真理子がぽつりと呟いた。

居間のソファーに寝転んでいた亮もつられて時計にちらっと目が行く。


…別に。何って事は無いが。

思い当たるのはあいつらが一緒じゃ飲まされてる事は確実だろーな位で。

どーって事ない。

つーか、俺にはどーでも良いし。

どーでもいいのにそんな事をつらつら考えながら、風呂から上がるとちょうど玄関の戸が開いた所だった。

頭を拭きながらちらっと鏡に写るあいつの姿を確認すると、

・・・。何やら酷い顔色で。

心配して声をかける真理子をやんわり断ると、無理見え見えで棒の様になって歩きながらこっちへ…曲がって来た。

「っと…」

電気も付いているのに、居ると思っていなかったのか、そこに居た亮にぶつかりそうになって、

一瞬目を見開いたがそのまま亮を押し退けると洗面台に手を付き…

吐くのか?

いや…違ったらしく。

そのまま横に有る洗濯機に手をつき移動。

始終無言のまま、いつもの様に部活の洗濯物を仲へと投げ入れ。

「・・・・。」

・・・それを暫く見ていた亮が、少し考えてから。

自分もそこに留まったまま、黙って洗面所の戸の鍵を閉めた。

気付いた竜也が当然それを驚いた顔で振り返る。


「遅かったじゃん。」

「いつものお前よりはましだろ。」

「よけーなコトしてくれやがって。…天罰だな。」

「・・何の事だ?…」

すっと伸びた手が歯磨き粉の柄でタツヤの鎖骨をトントンと叩く。

はっとして、鏡を見れば見れば。

くっきりと誰かさんの歯形。

凍り付く。

本人も忘れていたのだろう…。鏡から反らした目を亮へと上げる事は無かった。

「乱交なんてしてねーだろーな。」

かっとなって顔を上げたが、亮を見たまま何も…口にはしなかった。


「何されたの?」

「お前には関係ないだろ!」

「ご愁傷様。」

悔しそうに、だが怒りよりも目の奥が傷付いたと告げていた。

「あいつ、本物だぜ?本気になられたらあんた終るよ。」

嘲笑う素振りを見せながら、本気の忠告である事は竜也にも判っていた。


「・・・・・。」



沈黙を破ったのは亮の声。

「…にやらしてんだよっ」

吐き捨てる様に言うと、その体をぐんと引っ張った。

「ちょっ!何の…」

ボタンが飛び散るのもかまわずに、嫌がる竜也のシャツの前を開けると…

その肌に飛び散るのは鬱血では無く、無数の…それはタバコの後だった。







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あ、竜也は森高へ通っています。



























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