ベリーベリー最終話
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都大会決勝戦。武蔵野対明星。白熱する試合に湧く観客の中。
ああ。僕らだってあの森とあの明星としのぎを削った。
今度こそ。あそこに立ちたかったな…。
と思い出される微かな思いも。後ろから湧いた歓声にあっという間に掻き消された。
真夏の晴天に照らしだされたグランドが眩しい。
感傷になんて浸ってる場合じゃ無かった。
だって今日は楽しい。
「凄いね!!森も…明星も」「ああ。」
鼓動がおさまらぬまま隣を仰ぎ見れば、その顔は。何時もの水野。
彼も又食い入って居たグランドからちらりと目を放し。風祭と目を合わせると軽く笑った。
水野君も。
何があったのかは判らないけど。
とにかく元に戻ったみたいで。
よかった。
数日前まで、気を抜く瞬間にふと見せて居た。痛い抜け殻のような表情は水野から消えて居た。
「・・・・・。」
そんな事を思っていたせいで、精端な横顔をついじっと見つめていると。
ポンっと頭の上横から手が飛んで来た。
「なんやポチ〜〜。見る場所違うんとちゃうか〜?」
「し、シゲさんっ」
悪い事なんてしてないのにニヤニヤしながら顔を覗き込まれると、意味も無い罪悪感に捕われる。
「何ですかっ!?」
「ふふ〜ん。お前もやっと色付いてきおったか〜〜?」
ぐりぐりと頭を撫でられて。
「や、辞めて下さいよ!!」
と赤くなって膨れる。
「シゲ。ど−言う意味だ?」
横を向いたままちらりと笑顔のまま睨む竜也の視線に「何でも有りません」と肩を竦めると、含み笑いを残してシゲも離れて言った。
シゲや風祭を横に水野が追って居たのは、気づけばたった1人の姿だった。
「あの10番今日すごくなーい?」
後ろの黄色い声が頭を通り抜けて行く。
それ所か。何もかも吹っ切れたと言いたげな。
三上の様子。
他人目にも明らかな彼の活躍ぶりに目が行くのは当然だったが。
正直今日の竜也にはそんなもの一つも映っては居なかった。
あいつは…平気なのか?
そんな事は当たり前。判っていたけど。
付き合っても無いのに別離を宣告された程だ。
だから、どうして今自分がこんな事になっているのか、竜也にも判らなかったのだ。
鈍痛を起こしそうな腹にその場に崩れ落ちたい様な気分。
家を出る時は、こんな事考えもしなかったのに。
終わった事。終わった事。
この数日間、あいつの事なんて考えもしなかったのに。もちろん努めて忘れていたが、それができる位なんともなかったのだと…思って居た。
じゃあ、どうして…抱いたんだ!?・・・。わだかまるのは苛立ちよりも叫びに似た思い。
表彰式を経て。
「翼さーん!」ちょうど会場前に出て来た彼等に駆け寄るポチを。その後につてちんたら歩いて行くシゲを、少し離れた所で竜也が見ていた。
「よお金パ。」
「何や姫さんも相変わらずやなー」
「その呼び方辞めてくんない。」
輪の中へ近付く気分じゃ無かった。
照りつける日差しは夏を告げているのに。自分の指先だけが氷りの様に冷たかった。
ポンっ
と後ろから肩を叩かれる。
「なにしてんの?」
「…藤代。」
瞬間ドキッとして彼では無く彼の四方へと視線を泳がせた。
あいつが居るかもしれないと思ったから…。
けれど、森の面々はずっと向こうに散っていて、ここに来たのが藤代1人である事を確認するとほっと息を付く。
「俺の活躍見てくれたーー?」
「ああ、見た見た。」
無邪気な笑顔に苦笑いで答えながら。どこか救われて居た。
「あれ〜?水野顔色悪く無い?」
「そうか?」
「こんな暑いのに汗もかいてねーじゃん。」
「そうでも無いよ。」
といった竜也の額に「えー絶対変だって!」と顔を顰めながら手を当ててた時、藤代が後ろから誰かに呼ばれる。
「げ。監督来ちった。」とふりむきざまに焦って。
「水野風邪かもよ。気を付けてなー!じゃ。」
と怪訝になったかと思うと最後は笑顔を向けて去って行く。
あっけに取られながらも、クルクルと変わるその表情にくすりと気が弛んだ。
確かに、本当に具合が悪くならない内に帰った方が良さそうだな…とシゲや風祭の面々へと視線を戻した。
その時。
ばったり会う。
話ながらこちらに向かって居た三上の視線が竜也に気付いて一瞬止まるが、その歩調は止める事無く横をすっと通り過ぎて行く。冷たい感じ。
嫌な顔の一つもしなければ。
からかうようなあの笑みも無い。
かと言って露骨に見なかった振り等しない。そこに居たのが知ってる顔と認めた上で。
別に何の興味も無い赤の他人だからという涼しい顔。
通り過ぎて行く時に隣に居た笠井が竜也をちらりと振り返って。それから三上へと視線を戻して居た。
自分の心がこんなに弱かったなんて…。知らなかった。
本当の意味で絶望感と言うものをはじめて理解した気がした。手の施し様がなくなった試合とも。
両親の離婚の時とも違う。
自分の足が地の底に付いてるのがはっきりと判った。
才能と言う一点に付いて何一つ苦渋を飲んだ事の無かった彼が。初めて見た暗闇だったのかもしれない。
叶わない願い。
「……ぼん。」「おい、タツボンっ」
「水野君っ!!!」
はっとして現実に帰ると明るい日の光が目に突き刺さって、突然の吐き気に襲われる。
口元を押さえて身をかがめる竜也にシゲと風祭が驚いて顔を見合わせた。
「どないしたん?」
「どこ悪いん?」
「日射病かな!?…」
「せやな」と
じゃがみ込んでしまった竜也を木陰まで立たせようと肩を持ち上げた時。
シゲの動きが一瞬戸惑う。
冷たい。汗はかいているのに…炎天下の下。肌は暑いどころか冷えきって居た。
これは確か何の症状だったか。脱水症状?それとも…。う〜ん。
しかし保体の授業を受けた記憶が無かった。
「とにかくこれじゃあ風邪引くで。」
と竜也に言ったシゲを「え?」と言う顔でポチが見るが。その顔は真面目だった。
「…大丈夫だ。」
暫くしてから肩にかかる手を押し退ける様に、竜也が立ち上がった。
「貧血?」
「ああ。ちょっとな。」とバツの悪い顔で苦笑い。
「なんや驚かせおって、ほなはやいとこ帰ろか。ここで吐かん内にな。」
「ああ、そう……」「・・・・しげさん。」
お前、それが本音か?
それはちょっと…。
と2人に同時に白い目で見られて、『まあま。』と降参ポーズを取る。
歩き出したのを確認してふと視線を前に戻すとにこっと笑う笠井と目が会った。
・・・怖・・・。
やっベーと思いながらすました顔で話題を振ろうと…
「別れたい?」
「は?」
「別れてあげてもいいですよ。」
そのかわり。もう2度と友達には戻れませんけど。
「お前勝手に何言ってんの?」
「こっちも(試合も)一段落付いたし、俺からのお祝いです。」
「はあ?」
泣きそうな顔だと思った。
笠井は隠していなかった。口調はたおやかだったが、顔は真剣で。
「先輩…ホントに無神経なんだから。」
と…真顔で言った。はっ・・・。
ムカツク。しかし笑えねえ。
「結局。ダメでしたね俺達。」…ダメだったのは俺ですけど。
三上から視線をそらし前を向きながらふと漏らすように呟いた。
人の心は判らない。自分の心さえ、判らない。
どっちが好きだと聞かれたら、間違い無く笠井を選んでいた。それは本当。
なのに。どんなに虚勢をはっても、隣に笠井がいるのを分かっていても。
ほんの、ほんの一瞬だった。
あの金パの声が耳に入って、ちらっと振り向いた瞬間。今自分が何処に居るのかさえ忘れて。
気付いたら素でうずくまるあいつに目が釘付けだった。
なんて…間抜けな。
笠井の視線が痛い。さっきまでカッコ付けて別れを切り出していたのに。
今は無言で、「このバカ。バカ正直。」ほんとバカ!
とでも言いたげに悔しそうに歪めた顔で睨み付けて来ている。
その顔だけで口調まで想像付いてしまう。
どうやら違う意味で吹っ切れた様だった。
・・・・・。「竹巳…悪りぃ。やっぱお前とは付き会えねー。」
一呼吸置いて、顔を見ずに言った。
当然と言えば当然だったが。公衆の面前でグーーは勘弁しろ。
しかもお前は後輩だろーがよ!!!
知っているやつは全員『あーあ』と言う顔で見ていたが。一番ビビっていたのは桐監だった。
「そこ、何してるんだ?笠井、三上!?」「何でも有りません。」
顔をはらして何でも有りませんは無かったが。まあ仕方が無かった。
ドアの所で誰かが話している。浮上した意識がそれだけは捕らえた。
母さんと叔母さんだろうか?
いや。男…見たいな感じもするが。
けれど再び睡魔が襲って意識が混濁して行く。
自分がどうやって家に帰って来たのかあまり覚えていない。
否、普通に帰って来た気もするけど。
頭の下の水枕が自分がどうにかなった事を告げていたが、考える力は無かった。
ベットの軋む音。誰かが側に座る。
額に置かれた手の感触にうっすらと目をあける。
ひんやりとした手の平は自分の知ってるものじゃ無かった。
・・・・。
誰だ?
親父?では無いと判るのはそのコロンの匂いからだった。
「よお。」
ひそめた声に聞き覚えがあって。虚ろいでいた意識を無理矢理現実へと戻す。
目をあけるとそこに映ったのは、想像通りのあいつの顔。
安慢な仕草で竜也の頬に掛かる毛を梳いて、耳に駆けながら聞いて来る。
「おはようさん。」
「・・・おはよ。」
「起きた?」
「ああ…。」
「起きてねーじゃん。」と言って笑う。
三上の顔をした。こいつ、誰?
「…三上?」
「おう…。」
ぼんやりとこちらに向けられる瞳はまだ、半分夢の中と言う感じだった。
小さな子供のような無防備な顔をして…。
今聞くのは反則。かもしれないと思いながら、
今しか聞けそうに無いとも思い。
「アンタ…俺の事好き?」
普段だったら、間違い無く烈火のごとく怒るだろうセリフを。
「・・・ああ。ムカツク。」
そう言って水野はフフっと笑った。
そしてそのまま自分の上へと覆いかぶさって来た三上の背中へと手を回して。
指がきつく縋った。
一度のつもりが、幾度か角度を変えて口付けてから身を起こすと。
いつもの水野竜也の顔に戻っていたが、そのまま赤くなった頬で決まり悪そうにこちらを見てから、
また笑った。
それを見て「じゃあ。よろしく。」
とデビルスマイルで返した三上の腕に軽い手刀が飛んで来るのだった。
それの手を捕まえると、も一度身を重ねた。
「ったくよ、テメーのせいで、結局俺が告っちまったじゃねーかよ!」と次の日の食堂で、今日は定食食べて居た笠井を後ろからからかうと。
泣き腫らした凄い目で睨まれた。
『うわっ』
「俺、別に愛人でもかまいませんから。」
お前は…強過ぎるぞ。笠井。「笠井、お前なら1人でやっていけるから。大丈夫だ。」
三上も近藤もそこに居た仲間内殆どが声の主を振り返った。
誰もが口に出さなかったその一言を最後の最後に言ったのは…中西。
「所で笠井さー、昨日お前根岸と何してた?」
完。
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完。もし、ここまでおつきあい下さった方がいらしたら、本当にありがとうございました!(多謝)
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