ベリーベリーブラック5-1
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エレベーターを降りると右手の眼下に広がる町の景色。

生温い風の吹く茫漠とした夜の紺。

すぐ目の前の高速を赤いネオンが幾つも通り過ぎて行った。

我ながら、雨の夜たった一回来ただけの道のりをよく覚えていたと思う。

何も考えずに辿り着いたマンション群の一角にちゃんと三上の名前が会ったのだから、

今思えば大した運だ。

一歩一歩タイルの上に踏み出しながら小さく息を吐く。

緊張している…分けでは無いが、腹の底が重かった。

何故か。

期待と。嫌な予感が入り交じっているような…嫌な感じ。

嫌でも目の前に現れる三上の表札。




がちゃんとカギの開く音に、

ぐっと知らぬ間に強張る肩の力。

ドアが開くと。やっぱりこの家の独特の空気がツンと流れて来る。

そして、箸をくわえたまま片手でドアを押しやる三上が顔を出した。

「おー。…ごくろーさん。」

「どーも。じゃあこれ。」

とジャージを手渡す口調とは裏腹に、苛立った視線で自分を見る竜也をただ無表情で見返していた。

・・・・。

用はそれだけのはず。

ドアを閉めてさっさと帰ればいいのに。立ち尽くす竜也に何も言わない三上。

『何だよ』と聞く気配も無い。

ピリピリとした険圧な空気だけが二人の間を流れて行く。

不機嫌でも上機嫌でも無いたるそーな顔。

そのまま降着する二人。

「ちっと入って。」

しばらくしてから、向こうでエレベーターの開く気配に三上がそう言った。

竜也が入れる様に玄関にあった靴を端へと足でおいやり。開けた扉を広げて、中へと招き入れられる。

「ポカリなら冷蔵庫に入ってっから。」

「・・・・。」

前来た時と同じ様に、ずかずかと勝手に居間へと入って行く三上の後ろを。

何も言わずに上がり込むと竜也も追う。

居間に入っても空気は一緒。

こちら背を向けたままソファーに座り込む三上。

「この前はどうも。」

「い〜え。」


続かない会話。

悪までどこまでも他人行儀な口調。

何かを言う為に来たと言うのに。何を切り出せと言うのか。

『いじわるじゃ無い三上はやりにくい。』

顔には出さない様に心の中で、そんな自分に苦笑して。

これならまだ嫌われてる方がマシだったと…。


!? 

は?

突然沸き上がった疑問に自問する。

それはここ数日考えまいとしていたセリフだったのだ。

「………。」

嫌って欲しいのか俺は?んなわけないだろうが。


これじゃあまるで。

冗談じゃ無い。


思えば。

何時だって何かを起こすのは三上の方で。自分では無かった。

今になってそれを思い知る。

だがそれがなんだと言うのか。

もうこれで関わらなくてすむ事を喜べばいいじゃないか。



「つーか。座れば?」

前から声がした。

「家の人は?」

「出張。」

「この前は、旅行とか言って無かったか?」

「まー行ったり来たり。」

ふーん。

「…母さんが宜しくって。」

「そりゃどーも。」

つまらない会話を続けながら彼の前のソファーに腰掛ける。

どんな顔しているのか見てやりたいと言う気持ちがあった。またあの興味の失せた無表情だろうか?

だが。

予想に反して彼の顔は険しかった。

不機嫌。

とポスカの極太で書きなぐった様な態度。

こちらを見ようとはしないまま、テーブルの上に出してある豆を箸でつついている。


「一つだけ言っとこーと思ったんだけど。」

「何。」

「俺、お前の事大っ嫌れー何だよね。ちょーしこいてんじゃねーぞ。」

こっちを見ながら普通にそう言った。

睨んでる訳でも。怒ってる訳でも。嫌味な笑いでも無い。


けたたましく鳴っているTVの歓声が遠くで聞こえた。

音で耳に聞こえた分けじゃ無かった。

直接前頭葉に電報の針を打ち込まれた感じ。


「そんだけ。」

感違いしないように。


『じゃあ勘違いさせんなよっ!!!』

叫びそうになるのを。ぐっと堪える。

違う。言いたい事は別の事。

「は?何言ってんだお前。」と小馬鹿にして笑い飛ばせ。

だが。体が動かなかった。

ただあっけに取られた顔で奴を見ていた事だろう。

何てまぬけな。

ただ一言声に出せたのは

「そう。じゃあ…帰るから。」

「お疲れさん。」

そう言った時にちょっと口の端を上げた三上は。

いつもの奴に戻っていた。

さぞかしスッキリしただろう。

言いたい事だけ言いやがって。

やりたい事だけやりやがって。

そう思うと、カッと頭に血が昇り始めた。


上がって行く血圧とは逆に、恐ろしく冷たく頭が冴え渡って行く。

「それが聞けて良かったよ。」

少し落としていた視線をゆっくりと上げると真直ぐに三上を見据えて言い渡す。

まるで最後の一刀とでも言いたげに。

「じゃあ。」

「じゃ〜な〜。」

ねころがったままフンとこちらを見据える、いつもの三上を無言で見下すと、

竜也はそのまま出て言った。

エレベーターに乗り込んで。1階2階…ここは14階だから

ゴンっっ。

と言う音と共にエレベーターが地上に開く。

右側の壁に出来た微かな拳の後を残して。



竜也が出て行った後。戸に向かって力いっぱい投げ付けられたペットボトルは破れて転がり。

結局その中身の散らばった床を。すごすごと自分で拭いてるちょっとまぬけな三上の姿があった。

「・・・・。」

あのヤロー。涼しい顔しやがって!!!

ちょっと遊んでやろーと思えば。付けあがりやがって。

自分は皆に愛されてると勘違いしてんじゃね〜〜の?

本当にどこまでも気に食わない。

…つまらないヤローだぜ。

「俺はぜってーテメ−何かに告んねえからなっ。」


雑巾を拭く足に力を込めた拍子に漏れたセリフに。思わず自分で止まる。

「ああ?」

つーか。何それ?・・・・。

と行き着いた言葉に、また絶叫する。

冗談じゃねぇえ!!!!





あの時最後の一瞬だけ。三上の顔色が変わった様に見えた。

多分嘘でも何でもなく。そう願ったからそう見えた。往生際の悪い自分に何より腹が立った。

情けない。

あんなやつ。

あんなやつ幾ら思ったところで、何も無いのに。

もう。何も。


もっと早くに認めていたら。どうにかなっていたとでも言うのだろうか。

自嘲する。

バカだ。期待して。

何を期待したって言うんだ?



こんな気持ちは知らない。

親父の時も。

シゲの時も。

悔しかった。

こんな風にあんたなんかに負けるなんて……。










「タツボンやないか?」

どないしたん?

と駆け寄って来る黒い影。

「シゲ。」

何とか最後から2本目のバスに間に合って、自分の学区内に付いた頃には日付けが変わろうとしていた。

「ちょと駅の向こうまで用があって。お前は?」

にぃと笑った笑顔がコンビニ袋を差し出した。

「コレから皆でサッカー観戦や。やっとウチの和尚がスカパー付けよったからな!」

「へえ…楽しそうだな。」

「ほなタツボンも今日ウチとまってくか?」

「・・・いや今度にしとく。」

「そか。ほな今度なー」

気を悪くした感じは無く。笑っていた。

それを見ながら黙ってそっとその手を握りしめた。

お?と言う感じでちらりと竜也の方を見てから、シゲも黙って握り返して来た。

暖かい。その存在が今は心から有り難かった。

そして。

同じ様にどこかでそれが苦しかった。

こんなに好きな人が隣にいるのに。心の底が欲しいのはもう違う人だと言っていた。

逃げられなかった。

「ほな気をつけてな。」と言いながら角を曲る時にぐいっと放さない手を引っ張られる。

「シゲ?」

「・・・・もうちょい。歩かん?」

「いいけど。」

始めてやな。こーゆーの。

「え?」

「手なんてつなぐの」

「まーな。」

暗くて表情なんて見えないのに、照れてふいっとそっぽを向いた竜也を見てシゲが笑った。

「抱き合うより。伝わる物があるかも知れへんな。」

ん?

相変わらずたおやかな口調でそう言ったシゲの横顔を竜也が見る。

「シゲ?」引っ掛かる物を感じて。


「な、俺ら別れてもええ友達でいよーな。」


時が、止る。


「な、俺と付き合ってくれへん?」そう言ったあの日と同じ笑顔。

彼は。何も変わらないのに。


「お前、別れたいの?」

「いや。けど」

あんたがもう、限界何やろ?

強く握った手を離せなかった。

お互いがお互いを好きなのは十分判っていた。

どんな形であれ、今だって昔だって大事な人には変わり無かった。

傷付いてるのがどちらかなんて一目瞭然だった。

「やだ。」

「何やそれ。」

とシゲが吹き出す。「わがままなやっちゃな〜。」

どこまで俺はこいつを傷つけるんだ。責めながら、それでも言わずにいられなかった。

「けど。ごめんな、タツボン。」

頬を伝う涙はどちらの痛みだったのだろう。

切なかった。

泣いているのはお前で。謝っているのは俺だった。







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体調不慮なので許して下さい。もう限界よ。






































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