「おい。いい加減起きろ。」朝なのか?
聞きなれない誰かの声が意識の遠くで聞こえる。
うっすらと開けた目に飛び込んで来たのは、見知らぬ壁紙と見知らぬ部屋の風景。
ここは?
開け放たれたドアの向こうからは、水音とオレンジ色の廊下の光が漏れていて、
朝の空気が流れて来くる。
開いたカーテンからは、夕べのなごりを含んだ重い曇り空が覗いていた。
何でこんなに頭が重いのかと、夕べの事を順に思い出しながら、布団の上にゆっくりと起き上がると。
身体の奥に鈍い痛みが残っているのが分った。
時計の針は6時。
と、その時。
ドアから顔を出したのは、すっかり身支度を終えた制服姿の三上だった。
「おい。俺朝練あっから先行くわ。カギそこにあっから、ポストに入れてけよ。」
「ああ……。」
ああ、そうだ、ここは三上の家だった。
そう思いながらも、さめ切らない頭が曖昧な返事を返す。
三上はそんな竜也をちらっと見たが、それ以上何も言わず目をそらすと
じゃあな。
と言って玄関へと向かう。
え?
あ…。
「おい。三上!?」
「あんだよ。」
とっさに布団を飛び出して、はだしのまま後を追った。
靴を履き、今出て行こうとした三上が苛ついた口調で振り返る。
「俺も、出るから。」
「……わりぃーけどまじ時間ねーから。何とかやって行ってよ。」
そのまま振り返らずにバタンとドアが閉まった。
知らない。他人の家に一人残されて、唖然の竜也。
・・・・・。
昨日覚えた通りに、お湯をだして、置いてあった洗顔フォームを借りて、顔を洗う。
多分三上の。
何とも、妙な気分だ。
微かに聞こえたバイブ音に部屋…寝ていた部屋に戻るとケータイの着信履歴の多さに驚く。
そ−言えば、昨日は無断外泊だった。
家からと、普通にかけて来た友達からのが数件。
シゲからのは、一つも無い。
なるべくあちこちをいじらないですむように。洗面だけ借りると。乾燥機に入れたまま忘れていた自分の服を取りに行く。
…そう言えば。自分の最後の記憶が居間だった事を思い出す。
何か言われたような…。
自分が寝てたのは三上の部屋らしかったが、三上がここで寝た形跡は無かった。
嫌味なからかい半分か、不適な顔しか見せた事の無かった三上が、
今朝は普通に自分と話していた。
始めて、まともな扱いを受けた気がするな。
思いながら。
竜也にはそれが、何故か。
どこか冷たく思えて。
むしろ距離が開いたような感覚にとらわれ…。
それで良いじゃ無いか。
自分はそれを望んでいた癖に。
何を思おうと言うんだ俺は……。
大体あいつの機嫌なんて知ったこっちゃ無いし・・。
借りたジャージを畳みながら、
思う。
選抜中も。その前から。
お前は、俺の知らない所で、勝手に俺を憎んだり。嫌ったり。陥れたり。
まったく散々に扱ってくれて。
今度は、何だって言うんだ。
本当に
嫌なやつ。
そのくせ、こんな時ばかりまんまと目の前に現れて、自分の中を掻き回して行くのだ。無理矢理…した癖に。
散々嫌った癖に。
今度はいきなり親切になったりして。
あいつが何を考えているのか、もう判らない。
三上のワケの判らない態度に触れる度、イライラさせられる自分をもう隠せなかった。
嫌なやつ。
本当に。
取りあえずカギは下のポストの中に入れて。オートロックとは言え、
いいのか?とか思いつつ。
言われた通りに家を出た。
家へ帰るべきか、学校へ行くべきか。
迷った末に、結局桜上水へと足が向いたのだった。
いつもシゲと落ち合う場所を通るのが。嫌だった。
幾人かの朝練の陸上部がトラックを使っている以外、殆ど誰も居ない校庭。
足は、自然と校舎では無く部室へと向いた。
一走りして、頭を醒まさしたい。さっさといつもの自分に戻らないと。
そう思ってカギを差し込んだ部室の戸が。開いていた。少し、躊躇してから。カラッカラッと勢い良くその戸を開けると……。
やっぱり。
座ったまま、パイプ椅子ごと壁に背をもたれて眠るシゲの姿。
そっと部室へと入って行く。
昨日殆ど逃げるようにして帰った時に竜也が倒した椅子。
テーブルの上から落とされたノートや筆記具。
散らばる。生々しい床の染み後。
何もかもがそのまま。
色んな事があったせいで忘れかけていた、昨日の陰惨な記憶が竜也の頭にじわじわと甦る。
身を焼かれるような屈辱。
差し込む日の光の下で、それは和らぐ所か一段と現実味を持って竜也に迫って来た。
「・・・・・。」
そして、何処か苦悶に満ちたシゲの寝顔。
平静を装っているのに、指先が微かに震えた。
怒りでは無い。やり切れ無さとしか言い様のない憤りが込み上げて来て、
音を立てて、乱暴に窓を開け換気し。
寝ているシゲにお構い無しに片づけ始める。
早く何もかもの記憶から逃れる為に。
「…タツボン…。」
振り向かなかった。嫌、振り向けなかった。
「ああ、」
「おはよーさん。」
「帰って無いみたいだな。」
「まーな。」と欠伸と一緒に伸びをする。
「それよか昨日、どこいったん?」
「!!」
「シャツのボタン取れたままやで。」
思わず振り向いた。
ニカッと笑うシゲの笑顔。
・・・・・。
あんなに消そうとしていた痕跡が。それだけで晴れて行く気がした。
「また浮気か〜〜?」
「なっ・・・それはお前だろ!?」
ケラケラと明るい口調でそう言うと。反論しようと近付いた竜也の胸にボスッと抱き着いて来た。
「…よかったわ。もう口聞いてくれへんかと思ったで。」
ぎゅっと背中に腕をまわして、甘えるように顔をうずめる。
ちょっ・・・・まったく。
「別に許した訳じゃ無いかなら。」
呆れた、とわざと上から睨んで来る竜也の顔を見上げると、悪戯っぽく笑う。
それから真顔に戻って。
「ほな。どないしたら許してくれる?」
と。困った顔をして立ち尽くす竜也に聞いて来る。
聞きながら顔の距離が縮まって。
キスをする。
浅くも無く。深くも無い。
親愛のキスを。
「ゴメンナ。」
強く抱かれて。抱き返した。
日常はあっと言う間に戻って来た。
あれから一週間。
考えてみれば、ハナからそう大した出来事じゃ無かったのかもしれないと。
竜也でさえ思い始めていた。
ただ一つをのぞいては。
けれど、それさえもできれば忘れようと思っていた。努めて、忘れなければならなかった。認めてしまう前に。
うっかりたたみついでに持って帰って来てしまったジャージは。真里子によって洗濯され、袋に入ったまま部屋の隅に置き去りになっていた。
それは偶然。だった。
日曜の夕方、歩道の向こうから歩いて来る人。人。すれ違った女連れの一人と目が会う。
「あっ…」
声をもらしたのは竜也。
三上はちょっと眉を上げたが、「どーも」
とそっけなく普通にやり過ごした。
一瞬の事。
後ろで「誰?」と聞く。声が聞こえる。
「知り合い?」
「別に。何でもねーよ。」
興味ないと言いたげなやる気の無い声。
ずんっと竜也の胸に。重たい杭が落ちて来たみたいだった。
何故。何故三上なんかにこんな気持ちにさせられるのか、
させられなくてはならないのか。さっぱり判らない。
だが。
とっさに。自分があの時感じた違和感が本物であった事に気付く。
あの一晩で何があったと言うのか。
確実に、三上の中では何かが変わっていたのだ。
自分の知らない所で。
まるで…。捨てられた…誰のような。気分。
は?何で…?
付き合っても無いのに。
お前の事なんか好きでも何でも無いのに。
何だってオレがこんな目にあうんだ?
何かが間違っていると思った。言いしれない不安に。立ち止まってしばし後ろその姿を見送ってしまう。
『服、返すから』とすら。
言えなかった。
・・・・・・。気分最悪。
「シゲーーお前又喧嘩したのかよ?」「ぜーんぜん。何や、俺らは超上手く言っとるで。」
「んなこと聞ーてねーけどよ。」
「今聞いたやないか。」
「あー分った分った。けどなーんかあいつ…今日こわくねえ?」
「・・・・・。さよか?」
「どー見たってそうだろ。風祭なんて3回はシカトされてるぜ?」
「さあ…俺にもようわからんわ。」
「そっかあ。」
溜め息の高井。
ただシゲは、それを無言で眺めていた。2人の間は何も変わらないまま。
週末に入った。土曜の夜。
「たっちゃーーん。電話だけど。」
自分の部屋にいた竜也に下から声がかかる。
「誰?」
「三上君。」
「……今行く。」
何となく、そんな予感がしていた。
「よお。」「どーも。」
「お前さあ、あん時の」「服だろ。」
できる限り簡潔に、こちらから切る。
「そうそう。」
「いつ返せばいい?」
「今日。か明日の朝。つーか俺明日の昼までしかこっちいねーから。」
「実家?」
「そー。」
「じゃあ……今から行くから。」
時計を見ると、バスの時間を計って返事を返す。
不機嫌も何も声には出さないように。
それだけ言って受話器を置いた。
「あ、たっちゃん切っちゃったの?この前泊めて頂いた人でしょう?…お母さんお礼」「出かけて来るから。」
「今から?」
「服返えしに行って来る。」
「そう。気を付けてね。」
「お母さんからも、宜しくって伝えておいてくれる?」
「ああ。」
階段まで付いて来た真里子にめんどくさそうに返事を返す。
頭の中は違う事で一杯だった。
今度こそ、はっきりケリを付けてやる。
それが、何に対してのケリなのか何て。知りたくは無かったが。
とにかくこの苛立ちの原因が三上にある事だけが事実だったのだ。
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ベったべたです、しかし長過ぎて多分もう誰も読んで無いだろうと踏んで。ミズタニ楽してます。
何時になったら終るんだこの話…。
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