--夏火--
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「別れよ−ぜ。」


それは高校2年の夏だった。

サッカーを辞めた三上に竜也とは違う進路が決まっていた。


「ああ、…分かった。」


竜也はそれだけ言って視線を落とす。


進む道は違っていたけど。

別れる理由は多分それだけでは無かったから…。

冷めたの?

最後まで聞けなかったけど。

多分お互いもう、子供でいられる時間が終わったのだと感じていたんだと…思う。


いつか終わらせなきゃいけない付き合いだと言う事位、本当はずっと前から心の何処かで知っていた。

その時が来ただけの話。


「じゃあな、」

「じゃあ。」


元気で。の一言も無いまま。

あの特有の笑みが振り向く事も無いまま。

呆気無く彼は去って行った。


3年間は長かった。とても。

あっと言う間に過ぎ去ったけど。


いつまでも続いていけるものなど無いのだから…。

あるとすれば、それは自分1人が歩く為の道だけ。

夫婦だって片一方が先に死ぬんだから永遠とは言えない。

陽炎の昇るアスファルトの上をそう自分に言い聞かせながら歩いた。

熱風が背中を押す。

何故、

こんなに孤独だろうか?





「よお、」

再会は思うよりずっと早く訪れた。

「三上…、」

ばったりと会った図書館の前。

マックから並んで出て来たカップルの片割れは奴だった。

「サッカーやってる知合い。」

と隣の女の子に説明する。

髪の感じが、大きな目が、まとう空気が、どことなく竜也の母に似ている気がした。

「ああ、どうも。」

とニコリと会釈するかわいい子。

「どうも、」

「何、これから勉強?」

「いや、本返しに来ただけ。」

「ふ〜ん、じゃな、」

「ああ、じゃ。」

すっと通り過ぎて行く。

友達とも、恋人とも違う会話。

三上の癖に、愛想の良い顔で話やがっ・・・・いや、

他人には外ズラの良い奴だったっけ。

あんな顔が自分向けられたのは初めてだった。

何故か自嘲が漏れる。

三上の女友達の中には居なかったタイプの彼女。

ギャルっぽいの連れて居た記憶ならあるのだが…あれは初めて見たなと思う。

・・そりゃ彼女なんだから当然…

そこまで考えて、

あいつが本気だと認めない自分に…。

『俺はもう必要無い?』

どうしてあの時聞かなかったのだろう。

どんな形であれ真実を知れば今より楽だったかもしれない。


否。


言えるわけなど無かった。

『もう必要無い』と言われたら?

だったら時間のせいにした方がまだましだった。


振り向いても、もうその背中は見えない。

ぐっと力を入れた瞳で前を向くと歩き出した。



時々酷い夢を見て飛び起きる。

三上が…

その後の記憶は続かない。

嫌な予感だけが胸を覆う。



「タツボン痩せたんとちゃうか?」

夏バテか?

とおでこに手が当たる。

誰も居ないハズの河原に響く懐かしい声。

東京の夏は暑すぎるとか言う理由で帰郷して居たシゲだった。

「いよっ」

寝転ぶ竜也の上に朗らかな笑顔が顔をだす。

「シゲ…。」

起き上がった竜也の横に彼も腰を降ろした。

「向こうはどうだった?」

「何や、京都の夏は暑くてかなわんて。帰ってきたわ。」

「・・・・。そりゃご苦労様。」

ホレとコンビニ袋から取り出されたアイスを竜也の頬に付けて来る。

「何かあったん?」

「いや」

「死人でも出たみたいな顔しとるで。」

そう言われて、始めてシゲの顔をマトモに振り返った。

「何や?」

こいつも自分と別れた時、こんな気持ちだったのだろうか…。

いや、きっともっと自分は酷い事をしたんじゃないかと言う自覚は有った。


「何でもないよ。」

はあと小さな溜息。

「タツボンあないな奴のどこがよかったんや?」

「さあ…な」

けど、

あいつじゃないと

ダメなんだ。


それが・・・本音だった。


「最近…夢であいつに嘲笑(わら)われる」

ぽつりと言ったタツヤに横を見ると、俯いた顔が流れた髪に隠されてその表情は見えなかった。

「裏切られたん?」

「いや…・・振られた。」

「ま、そ−思うのは普通やない?何ともないのは振った方と遊んだ方……」

あっと思うが遅し…。

めちゃくちゃ怖い顔で睨まれ、くわえアイスで再び前を向くシゲ。


「ホンマ、何でそんなにあいつがええん?」

「…わからない。」

未だにこの話になると顔を顰めながらそう言ったシゲを見る。

「根に持つやつだな。」

「タツボンかて、」

顔を見合わせると2人してふっと笑いが漏れた。

キャンディ−の棒を口から引き抜くと、すっと竜也が立上がる。

「じゃ、俺ちょっと用が出来たから。」

「おお、ほなまたな。」

「ああ」


去り際に礼を残そうか迷ったけど止めた。

そんなガラじゃないし。




あいつ(三上)はマトモな生活を手に入れようとしただけで。

自分が嫌われたわけじゃないと、知って居た。

だから…何だったと言うのだろうか。

裏切るも裏切らないも、

笑ってしまう。

まだ彼氏気取りでいた自分に。

「バカだな…本当に。」

悲劇のヒロインにでも浸るつもりだったのだろうか…。


終にしよう。

そう思った。





「久しぶり。」

「よお。」

「あんたから呼び出すなんてめずらしーじゃん。つーか、初めて?」

「そーだっけ?」

「で、何か用?」

久しぶりに会ったその顔は昔となんら変わりなかった。ただちょっと言葉の端がきつい位か。

竜也の前の椅子に腰かけてウーロン茶を吸う。

「・・・・・・。」

覚悟して来たのに、思った以上にピリピリした空気の中、「お前何で別れたんだ?」と聞くのは

あまりに直球過ぎて気が引けた…。

「ヒマだったから…。」

「はあ!?」

相手の肩の力が一気抜ける。

「おめーな」「お前さあ。」

声が重なる。

「何だよ。」

三上のちょっとトーンを落とした声に、もうばれているかもしれないと思いつつ、

竜也が伏せて居た視線をあげる。

「何で、別れたんだよ。」

「〜〜〜〜〜〜。」

顔にはそんなに出さなくても喉の奥で「うっ」と詰まったのが気配でわかって。

思った通りの反応に竜也の顔が曇るが…。

「いーから、言えよ。」

「言う必要あんの?」

「礼儀だろ。」

「んな話聞ーた事もねんだけど。」

とごねる三上だったが、だんだん険しくなって行く竜也の顏に押し黙った。

「…お前さあ、ホモで生きてくって現実わかってんの?」

分かっていたが…その名詞に吹き出す竜也。

「別にオレは…」ホモじゃねーよ…。

「そんなのつーよーすっと思ってんの?」

鼻で笑われる。

「・・・・・。」

痛い一言。

どーして手をつないで日の元を歩けなかった?

どーして…俺はこいつを好きだと言いながら、ずっと人目を盗んで来たんだろう…。

そんな事は言われなくても自分が一番良く分かって居た。

「あんただって、来年になればわんじゃねえ?」


…そうかもしれない。


席を立った彼にはっと顔をあげる。

「三上」

無論声にはならない声。

「またな。」

「・・おー。」


肩ごしに振り向いた三上に軽く笑ってみせる。

背中を向けるのを確認してから視線をテーブルへと戻した時、

辺りの若い客が一斉にこちらを向いた。

え?

一瞬何かが触れてまた離れて行く。

それから後ろを向けた三上が振り返る事はもう無かった。

頬を伝う涙に気付いたのはその後だった。



「まーこれで良かったんとちゃうか、タツボンもそろそろふっきらんとな。」

「そーだね…。」

まだ夢から覚めないのか、ぼんやりとグランドに立つ竜也を眺めながら風にシゲがぼやく。

去年の記事に乗った飛行機事故。その中に三上の名前が会ったのは誰もが承知の事だった。

1人を除いては…。

「あんまり諦めが悪いから、向こうから来てもーたんやな…きっと。心配してんのや」

そう言って歩き出したシゲの横で、風祭が黙って空を仰いでいた。





「たっちゃん。たっちゃん?寝てるの?」

そう言って真理子が部屋のドアをそっと開ける。

ぱちっと目が開くとそこは自分の部屋で、

「ああ、母さん?」

「ごめん起しちゃった?…今帰って来たって。」

「誰?」

「亮君。」

ガばっと起き上がると、寝ている間中日が当たっていたのか頭がくらくらした。

急いで居間に降りて行くとそこには…。

「よお。」

1年前と同じ顔でソファーに座る三上の姿。

「…お帰り。」

「おータダイマ。何?あんた、顔色わるくねー?」

「そうでも無いよ…。」

とぼんやりとしながら答えて、隣に座る。

それを見ながら否そうな顏をする、留学帰りの三上亮。


「…良かったな。」

「は?」

「飛行機、落ちなくて。」

ますます「は?」っとなった三上が竜也の顏を除く。

「あんたど−かしたの?」

「何でも無い。」

そう言って首に抱き着いて来た竜也に驚きながら、何がなんだかわからないと言う顔で抱き返した。

「つーかさ。」


くいっと身体を離された竜也が不満顔で面をあげると…そこは自分の家では無くて。

「見えんの?」

そう言った亮の向こうには黒と白の垂れ幕。


とっさにしつぎの中を覗こうとした竜也の腕がぐっと何かに掴まれる。

反動でペたんと膝が畳に崩れ落ちた。






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変な話(−−;)。毎日あまりにも暑いので、ちょこっと…怪談?怪文書…。
夏火は人魂の意で付けました。
































 


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