「お母さん?」


「おかーさん?」

出かけているの?


昼寝から起きたらそこには誰も居なかった。

夏の畳の匂い。

どこからかこだまする蝉の鳴き声と、縁側の草いきれの匂い。

一人だけの部屋。

冷蔵庫にも置き手紙は無いし。

黙って出かけなくたっていいじゃないか。



「竜也?」

声がする。

「お父ーさん」

振り返ると家中が緑に染り、その真ん中の引き戸に立っている大きな影。

「竜也、起きたのか?」

「うん。お母さんは?」

「買物いったよ。」

「お父さん何時帰って来たの?」

そういって無邪気にその腰ヘと抱き着く。

久しぶりにあった、父親。懐かしい匂い。


「今さっきだよ。おやつ食べるか?」

「ねーお父さん。それよりサッカーやろーよ。」

そう言って自分の半分以上は上にあるその顔を見上げると

彼も又笑顔でその頭に大きな手の平をのせる。

ふふ。と笑う彼の6つの息子。


「いいけど竜也。今は一番日が強いから後でやろうな。」

「平気だよ。」

それをちょっと苦笑しながら見ていたが。

薄茶の髪を撫でて居た彼の手がふと止まる。

「竜也汗かいてるから、お風呂入って来なさい。汗疹になる。」

風通しの良い部屋で寝かされていたから、クーラーは付けていなかった。




「一人で髪もあらえるかな?」
        

「洗えるよ。」

「おとーさん見ててね。」

「ああ判ってる。」





痛。

痛い。


「男の子なんだから我慢しなさい。」


泣叫びそうになる声をこらえる様に叱られる。


あれは、何時の事だったか。


関節の角張った長く太い指が、自分の小さな性器をその爪を立てて、握って居た。

白くて柔らかな皮膚で覆われたそれ。

白いウインナーみたいだと自分でも思った。


たいっ…ったい。


やだ。


いやだお父さん!!……嫌だ。


「うっっ。っく。」

泣きべそをかき出してもその手は離れなかった。

「コレくらい我慢しないと。ちゃんとした男の子になれないぞ。」

その手にぬられたボディーソープが生暖かくなって

ぽたぽたと溶けて行き。

震える内股を通ってぴしゃりとタイルに落ちた。


あの言い知れえぬ気持ちを今でも覚えている。


『ああ!っっったいっ!』

ぐりっと力の入った彼の指先から

真っ赤な、肉の突起が覗いていた。

何・・・コレ?

涙のたまった目で傍らの父を覗くと。

顔を合わせた父がニコリと笑った。

そしてその赤く痛ましい突起をそっとなぞった。

ひゃっ…ーーーーーーーっ。

声が出なかった。

痛みよりも痛みよりもぞっと何かが背筋を走ったのだ。

やだ。嫌だ。やだ。


「もうヤだ。お父さんもう辞めようよ!!!」


ショックにわっと泣き出した自分に父も苦笑いだった。

「大丈夫だ竜也。何も怖く無いから。」



彼の言う事は何時だって正しかった。

ずっと。

そうだった様に。

ただ信じていた。




「もうお父さんとはお風呂入らない。」


そう言い出したのは小学3年の時。

台所を通り過ぎ様にぼそっと言った。

「そう、たっちゃん。」

あら?と言う顔をして振り向いた母は、クスッと笑うと

「大きくなったのね。」と

それ以上何も言わなかった。





あの甘皮膚を裂く痛みが悦楽に変わるのに、そう時間などかからなかった。


あれから何度目かの夏。

縁側に座る竜也の背中は、あの頃よりずっと広くなっていたけど。

何も語らずただ熱風の中に身を置く姿は、あの頃と何も変わらず。

時を止めていた。

ここへ…

来るのは絶対の秘密。

母にも。

誰にも。

いや。そんな事ももう、敷き居を一歩跨いだ瞬間からどうでもいいモノに変わっていた。

タブーも罪もしがらみも。ここには無い。

呼ばれた時間どうりにここへ来て。

そして、いつもそうしていた様に。

昔自分の部屋だったこの場所で庭の陽炎をぼんやり長めながら時を過ごす、

彼のその手が肩を掴むまで。


「竜也…」

唯一、昔より幾分低いその声だけが。今と昔の間を別している様だった。



頭の後ろで聞こえる荒い息使い。

蝉の鳴き声に自分の嗚咽は掻き消されて行く。

玉の汗が顎を伝って流れ落ちて行き。

馬乗りになったテーブルの上に染みを作っていた。

「っく・・・う・・う…う…っつ…」

後ろから追い上げられて行く躰。

自分の中をめちゃくちゃにかき混ぜて行くこれが何なのか

もう判っていた。

「・・つや。」

「たつや…」

時折呼ばれる声に現実が近付いて来る。

「ああ…あっ…っっあ……ああ!」

体を重ねて来たどんな男よりも竜也を知り尽くしたそれ。

「あ……も…っ…ろ」

竜也が耐え切れず身をよじろうとした時。腰を掴んだ両腕がさらに強く引き寄せられ。

ぐんっと質量を伴ってそれが最も深い場所へと突き刺さった。

「…あっ・・はっ・・・」

「今の相手は…・・誰なんだ?」

「あの金髪か?」

「それとも…」

「……言うんだ竜也。」

「タツヤ。」

頭の上から掠れたカノ声。

声等あげる余裕は無かった。

早くなった振動に付いて行けずなんども舌をかみかける。

知らないウチに流れた涙と唾液でテーブルが濡れて。

たまたま手を付いてしまった拍子に派手に滑り。ダンっと音を立てて肩が木の板に叩き付けられた。

「っつ・・・・」

それでも彼はまだ抜けない。

なれた手付きでその肩をそっと持ち上げる。

誰も居ない家。

母の居ない家。

「うっ…っ…はやっ……ん…しろっ………」

戸を開けた瞬間から始まった夢想はそろそろ終を告げていた。

何度も果てたと言うのに、彼の手の中で再び昇り詰めようとする自分が居た。

「っ・・・・・。」

そして同時に体の中へと注がれた彼の濃い精気の感触によって醒めて行く。

現実へ。

もうどれ位。

あとどの位。

中庭へと開け放たれた座敷きから流れて来る、草いきれの懐かしい匂いだけが

ただあの頃と変わらなかった。


かくんと絶頂と共に意識を手放した彼の息子をそっと座敷きに横たえると。

苦しげに歪んだ寝顔をしばらく眺めてから…

男は振り返る事無くその部屋を後にした。


「…カミ…」


と、フイに後ろで漏れた小さな声に一度止まり。

けれどもう迷う事無く歩き出す。



目がさめると、夕焼けが落ちて空はもう青かった。

だるい身体を持ち上げる。

まるで無人を装おう暗い家の廊下。

月明かりだけが座敷きを照らして居た。


何の愛撫の後も無い身体。

「・・・・・。」

そして彼も又何事も無かったかの様に黙って家を後にする。



「水野君〜〜。」

帰りがけに後ろから呼ばれた声に振り返る。

「風祭に…高井。」

「よお。」

「今帰り?」

「ああ。」

隣に並ぶ見なれた笑顔。

「何処いってたの?」

「聞いてやるな風祭。」

「ああ…そっか。」と苦笑う風祭をみながら余計な事をと高井を睨む。

「藤代君達元気だった?」

三上先輩の所?とは決して言わないその口調に苦笑いしながら。

「ああ。」


それは嘘も偽りも無い。ただ彼の心だけが信じる真実だったから。


分かれ道。

「じゃあな。」

「おおまた明日。」「じゃあねー。」


とぼとぼと帰る道のり。

踏み出す度にずんっと下からは響く鈍い痛みだけが。

殺されて行く記憶へのわずかな報復の様だった。

無駄だね。

俺は認めない無い。

苦しめば良いお前だけが。







top



















































SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ